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東京を巡る対談 月一更新

苅部直(政治学者)×平本正宏 対談 80年代の自由が背中を押してくれて

苅部直(政治学者)×平本正宏 対談

収録日:2014年3月13日

収録地:旧古河庭園

対談場所:東京大学 本郷キャンパス

撮影:西岡潔

<古いモノと新しいモノが混在した空間>

平本 苅部さんとはお会いしてもう5年くらい経ちますでしょうか。一度神保町でお酒をご一緒して、帰りのタクシーで苅部さんが昔ジョン・ゾーンを聴かれていたというお話をしてくださり、それがとても強く記憶に残っているんです。夜中の3時、4時くらいでかなりお酒も飲んだあとだったのですが、夜中の東京を走るタクシーと東京好きなジョン・ゾーンが重なり、10分、20分だったと思うのですが音楽の話を2人でして、なんとも心地よい時間でした。あとで音楽のお話もさせて頂ければと思います。

苅部さん、著作はもちろん、雑誌やwebでも沢山の方達と交流されていて、対談もかなりの数をされていると思いますが、普段はどういう内容の対談が多いですか?

苅部 先日は雑誌「東京人」で作家の森まゆみさんと対談しました(2014年3月号)。「墓地で紡ぐ14の物語」という特集のうちの一つですが、青山霊園に森さんと訪れて行なったもの。

平本 え、霊園の前でされたのですか?(笑)

苅部 グラビアページの写真では、大きな墓の前で、私と森さんがにこにこ笑っている。何なのこの人たちって感じですよね(笑)。街歩きのテーマは初めてでしたが、これまでの対談の仕事は大体、書評の仕事をやっているせいで本についてもののと、社会・政治ものの二種類ですね。

平本 それでは、まず今日最初に旧古河庭園で撮影を行いましたけど、あの庭園は苅部さんにとってどういう場所だったのかお聞きしたいと思います。東京のイメージとして旧古河庭園を選ばれた理由をお聞かせ頂ければ。

苅部 もともと、その近くに子供の頃住んでいて馴染みがある場所なんですけどね。東京のイメージとの関連で言いますと、ウォーターフロント地区のようにマンションが建ち並んだ人工的な空間は、僕にとってどこか居心地が悪いんです。しかし反面、自然に囲まれた郊外がいいかというと、それも人けがなさすぎて苦手。若いころはそれほど意識していなかったけど、だんだんそういう風に考えるようになってきましたね。たとえば仙台に行った時に感じたのですが、古い城下町なのに、太平洋戦争の時に空襲で焼けてるから、古い建物がほとんどない。もちろんいろいろな人が語っているように、美しいところだと思うし、好きな町ではあるのですが、自分はあまり長くは暮らしたくないと思ってしまったんですね。緑が点在して、建物は古いものと新しいものが混在しているような空間が好きなんだと思います。

平本 苅部さんにとっての居心地の良さが、そういうところにあるんですね。

苅部 歴史の重層性みたいのを感じられる所が好きなんですね。

平本 それは苅部さんご自身の幼少期の風景や体験した景色に重なる部分がありますか?



苅部 生まれたのは東十条で、こちらは戦後になってできた街だから、いま言ったような特徴はそれほどありません。ただその後移った十条になると、こちらは戦前からある住宅街と商店街で、空襲に遭わなかったんですよ。まだ僕が中学、高校ぐらいの頃までは戦前の建物や街並が、ところどころ残っていました。現在はもうほとんど変わっていますけど。

平本 なるほど。それは東京でも珍しいですね。

苅部 中央線沿線では阿佐ヶ谷や荻窪のあたりが、やはり以前はそういう感じでした。十条はそっちに比べると、家屋の一つ一つがだいぶ小さいんですけどね。かつては十条の実家のそばに、古い長屋がたくさん並んでいる地域がありました。その後かなり建て直したり改築したりしていますが、いまでもその一帯に行ってよく見ると、長屋だった形跡がわかる。これが実は、関東大震災で焼け出された人たちのために建てられた、復興住宅だったんですね。2、3年前に調べ物をしていて知りました。

平本 わあ、それはすごいですね!

苅部 同潤会の十条普通住宅。近代の古い建築のマニアの間では有名な所らしくて、そういう方のブログで紹介されています(「廃墟徒然草」http://blog.goo.ne.jp/ruinsdiary/e/c8ea3a136b1cf49904e4b9700ceadccc)。そういう戦前のなごりを残しながら、戦後の新しい建物も混じっているような、いくつもの層が重なり合った空間が、居心地いいんですね。

最近は学会など、仕事で海外にも行くようになり、ソウルは毎年のように訪れています。だんだん再開発が進んでいて、行くたびにきれいになっているんですが、自分が惹かれる風景は、古い建物が並んで、壊れかかっているような所なんですね。

平本 わかります。僕も去年仕事で韓国の光州に行ったんですけど、光州はソウルから飛行機で1時間位で、どちらかというと田舎町という印象でした。昔の韓国映画に出てくるような感じです、キム・ギドク監督の『サマリア』をイメージする街並と言えば伝わりますでしょうか。奇麗な建物もあるのですが、ボロボロの建物も混在していて、さらにその中にラブホテルや結婚式場も入り交じっている。一見不思議な空間なのですが、生活感や歴史の積み重なりを直球で感じ、妙な心地よさがあるんです。スーパーの外におかれたテーブルに地元のおじいさんたちが集まって、朝からマッコリやチャミスルを飲んでいて(笑)。

同じアジア圏ではありますけど、国が違いますし、自分の体験には無いはずなのに、どこか懐かしさを感じるんですよね。

苅部 そういう感覚は僕にもあります。

平本 作曲している時に選ぶ音の趣向も似ているところがあって、大学に入ってから気づいたのですが、そのルーツはどうやら母親と父親が僕が幼少の頃に家で聴いていた音と関係してるみたいなんです。

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