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東京を巡る対談 月一更新

ケン・キャプラン(三田アーツ・オーナー)×平本正宏 対談 今に生きる浮世絵スピリット

<日本と海外を何度も行き来する名作>

平本 大量の浮世絵が、それこそ作品によって扱われ方が全然違うという状態で、とても状態のいいもの、大切に扱われていた傑作たちはどういうところから発掘されるものなんですか?

キャプラン 19世紀の終わりから20世紀にかけて数多くの浮世絵がパリ万博をきっかけに注目され、輸出/流出するようになりました。そして、印象派をはじめとして、ゴッホたちヨーロッパの美術家に浮世絵は多大な影響を与えたんです。

平本 作曲家として印象派の代表選手のドビュッシーも、『海』という作品のモチーフの1つとして、葛飾北斎の富嶽三十六景「神奈川沖浪裏」からインスピレーションを受け、1904年に出版された楽譜では表紙がこの作品になっていますよね。まさに印象派が浮世絵の影響を受けたことを示す出来事の1つです。

キャプラン そういう中で、日本の美術品が海外に行っただけでなく、逆に海外の美術品が日本に紹介され、この影響で日本の美術家がみんなパリに留学するようになりましたよね。相互作用といいますか。そして、この時期日本人の視線が海外に向くことで、浮世絵が海外の人たちの目に留まり、バンバン大富豪たちによって買われることになったんです。

建築家のフランク・ロイド・ライトは帝国ホテルのコミッションよりも日本の浮世絵屋に行き、何千点何万点と買いまくって、それをボストンやシカゴなど彼の知り合いの大富豪に売って、一儲けしたというエピソードは有名ですね。ライトも10万点以上浮世絵を収集しています。この時期に海外からものすごく需要があって、100万点以上は海外に行ったと思います。

僕が頻繁に海外に行くのは、そういう人たちの末裔やコレクターがいるので、そういう人たちから購入して日本に逆輸入するわけなんです。面白いのが、日本の浮世絵を海外から日本に持って帰るのですが、もちろん日本の美術館やコレクターの方も買いますが、その作品がまた海外のお客さんに購入されることもあるんです。パリで買ったものを日本に持って帰ってきて、またパリのお客さんに売ることもあるので、不思議な感じですね。

平本 1枚の浮世絵が100年、200年の間に日本と海外を何度も行き来する。それだけ世界中で浮世絵の素晴らしさが評価されているからですが、なんとも不思議な現象ですね。はじめにケンさんがおっしゃっていたように本当にいい作品は時代時代を生きて世界中を旅するんですね。

海外に出たものと、ずっと江戸時代以降日本で保持されていたものを比べたときに、保存状態の違いの差はあるものなのでしょうか? 数百年の間にはいろいろな出来事があったと思います。天災や戦争、それから人々の動きも日本、海外とあると思いますが。

キャプラン 数としては日本に残っているものの方があると思います。ただ、海外の人たちが1890年~1950年の間にものすごい数を、しかもかなりクオリティの高いものを買ったので、海外にいいものがあります。

そして、それはラッキーだったと思います。日本に残っていたら関東大震災、東京大空襲でその大部分は焼けてしまったのではないかと思います。海外に行ったおかげで保存も守られたし、海外の美術家に多大な影響も与えました。

平本 なんとなく皮肉な気もしますね。もし海外に渡らずに日本にあり続けていたとしたら、その大部分が無くなっていたかもしれないなんていうのは。

キャプラン そうですね。浮世絵は下町で刷られたものですので、関東大震災、東京大空襲とほとんど下町が焼けています。よくボストンやメトロポリタンに沢山所有されて悔しいと思う方もいるのですが、もしそっちに行ってなかったら多分8割くらいは無くなっていたと思いますね。

アメリカやヨーロッパの美術館によく行くんですけど、むこうの学芸員の方達は浮世絵のことをものすごくよく守ってくれています。保存状態もいいですし、日本での展覧会のときに日本の美術館から貸し出しの打診をするとほとんどの場合OKしてくれます。美術業界は必ずしも開かれていなくて、「モナリザ」とか「ゲルニカ」など有名な作品は借りるのがとても難しい。でも、日本美術に関してはかなり親切にしてくれるので、僕も時々お礼のつもりで通訳や翻訳でお手伝いしています。

平本 それはやはり浮世絵の起源が日本であるということを、世界の美術館が大切に思ってくれているということなのでしょうか?

キャプラン そうだと思いますね。それに加えて、僕もですが業界の人のほとんどは、まだ浮世絵が過小評価されているんじゃないかと思っているんです。これほど世界に影響を与えながら、まだ価格も安いですし、もっと評価されるべきだと感じているので。展覧会をやったり、書籍も出したり、テレビにも取り上げてもらったりと認識が広まっていくように頑張っていきたいですね。

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