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東京を巡る対談 月一更新

高橋久美子(作家・作詞家)× 平本正宏 対談 言葉と音楽が触れられるもの


高橋久美子(作家・作詞家)×平本正宏 対談

収録日:2012年2月4日

収録地:隅田川

対談場所: くぐつ草

撮影:moco

<誰にもはきだせない気持ち>

平本 高橋さんとはじめて会ったのは、画家の白井ゆみ枝さんとふたりで徳島で開催した「ヒトノユメ」展を見に行った時でした。徳島市と連携して、徳島市内の倉庫と商店街の店舗を借りて、詩と絵を建築物にしてしまうインスタレーションに展開した大がかりなものでしたね。阿波踊りの浴衣もデザインされて、高橋さん自身も踊っていた。

そこで僕は高橋さんの詩を見た時に、この言葉に出会えてほんとによかったと思ったんです。好きな人や家族や日々の出来事などいろいろなテーマが詩となっていて、僕の中にも渦巻いていたような心の中で言いたくてもどう外に出せばいいか分からなかった言葉たちを、高橋さんが引き出してくれたという感じでしょうか。僕の人生を高橋さんは見ていないわけだけど、それにもかかわらず僕の人生に起きた数々のことを言葉にしてくれている感じ。だから高橋さんの言葉に接することは、単純に言葉に接するだけでなく僕が生きて過ごしてきた時間にも接している気がしたんです。

あの会場の中に誰もいなかったらきっと涙を流していたかもしれない。まずどうしてこういう言葉が出てくるのかが知りたかったんです。

高橋 ありがとうございます。それはもともと自分自身があまりしゃべるのが上手くないからだと思うんです。実はシャイなのでしゃべるとおちゃらけものを演じてしまって、周りをわかせる明るい人で通っているんですが、でも自分が思っていることを全部はき出せていたら、きっと書かなくても良かったのだなと思うんです。

平本 高橋さんの中での認識は、言葉に対して感受性がわいても口から出てくる言葉とは違うと言うことですね。創作された詩も口から出る表現とは違っているように思う。

高橋 書いて、ああこういうことだったんだなというのが詩を書く始まりだったんです。私は中学、高校と友達があまりいなかったので。高校ではウルフと呼ばれていたくらい(笑)。

平本 ウルフ?(笑)

高橋 特に高校時代は群れるのが苦手で、クラスの女子ともなんか話も合わずで単独行動をずっとしていたんです。でも今思うと寂しかったんだと思います。上手くしゃべれん、上手くコミュニケーションがとれんけん書く。書くことは日記をつけるのとは違ったんです。それが詩を書く始まり。

平本 それは、一日の出来事をまとめるということではないのですか?

高橋 全然違いますね。

平本 詩を書き始めたあたりは何がきっかけになって一日の詩の発想が出てきたの?

高橋 中学の国語の先生が詩を書いてみましょうという授業をしたんです。

平本 あった、あった。

高橋 書いてみたら詩ってきれいだなあと思って、これをやってみたいと思った。文を書くのが得意だったから、それまでお話や小説的なことを書いたり、感想文を書くのはすごく得意だった。感想文書くのってみんな大嫌いでしょう?

平本 大嫌いでした(笑)。

高橋 そうなんですよね。私は好きだったんですよー。でも、詩を書いてみて、こんなミニマムな形で出来るんだ、長くずらずら書かんでもきれいな形があるんだなと思って。それが詩を書く始まりですね。

私にとって日記というのはずっと誰かに見せる、見られるものだったんですよ。学校の先生に提出しなくてはならなかったから、いつも明るさを演じていた。面白く楽しい日記を毎日書いて、先生が家庭訪問に来た時に、お母さんから「先生から唯一ほめられたのは日記がめちゃくちゃ面白いこと」と言われたり(笑)

詩は部屋にこもって、お母さんにも、先生にも誰にも見せずに書ける自分だけのもの、心の居所だったんだと思います。

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