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東京を巡る対談 月一更新

田中利樹(人工衛星研究者)×平本正宏 対談 宇宙が描き出す発想

田中利樹(人工衛星研究者)×平本正宏 対談

収録日:2012年12月7日

収録地:新宿南口バスターミナル

対談場所:J.S.バーガーズ カフェ 新宿店

撮影:moco

<理論を超えるものの可能性>

平本
東京大学と多摩美術大学が共同で進めている人工衛星を使ったアートのコラボレーションARTSATのプロジェクトマネージャーを田中さんはされていますよね? この試みを知ったときに、本当にシンプルに胸が高鳴ったんです。人工衛星のデータから芸術作品を作るってどんな感じだろうと。

音楽の歴史を見ると、作曲家って純粋に音楽と1対1で向き合って曲を作る以外に、詩や絵画、風景など音楽以外のものから想像を喚起されて曲を作っていることがとても多いんです。標題音楽と呼ばれるものですが、ルネサンスからあって、古くはヴィヴァルディ、19世紀になるとその作品数は増えていき、ベルリオーズやムソルグスキー、リヒャルト・シュトラウスなど。それ以外にバレエ音楽やオペラなどを含めると、作曲家の創作において“刺激を与えてくれるもの”は最高のコラボレーターと言えるでしょう。作曲家はそういう歴史的に見ても常に音楽外の刺激に敏感なんです。だから、僕も作曲家の端くれとして、こんなに面白い話は放っておくわけにはいかないわけです(笑)。

また、現在はコンピュータがあるので、音符で考えるのではなくデータをそのまま音楽に変換することができるので、音楽自体の発想の幅も広がっています。人工衛星から送られてくるデータで何か音楽を作るとしたら、どんな音が鳴るのか、どんな発想ができるか、考えただけでもワクワクしてしまいます。

そもそも、人工衛星の研究/製作を進められてきた中で、アートとのコラボレーションをしようと思ったきっかけは何なんでしょうか?

田中 元々、僕はロボットの研究をしていたのですが、その中で工学について考えているうちに、アート分野への興味が強くなりました。

ロボットって全部反射で動いているんです、人間でたとえると膝蓋腱反射(しんがいけんはんしゃ:太い骨格筋につながる腱〈例えば膝頭の下部など〉を、筋が弛緩した状態で軽く伸ばし、ハンマーで叩く。すると、一瞬遅れて筋が不随意に収縮する腱運動)みたいな感じでこう叩くとこう動くっていう組み合わせの積み重ねで動いていて。それを知ると、ロボットと人間の動作との差、人間にあってロボットにない反射以外の動きの要素を強く感じるようになって、そういうときに工学だけでは捉えられないものがあるのではないかと思って、元々の考え方やルーツが違う芸術/美術の分野に興味を持つようになりました。人工衛星という無人工学が、美術系の人と共同製作することでどういう方向に発展していくのか見てみたいと思ったのがきっかけです。

平本 じゃあ、田中さん自身がすこし研究というか考え方に行き詰まってきたと思ったところに、発想の転換として芸術/美術を取り入れたわけですね。なるほど。

そういう発想になるにあたって美術のバックボーンなどはあったのですか?

田中 そうですね。ちょっと逆に聞きたいんですけど、音楽って音の組み合わせで表現をするじゃないですか。でもその音をどう組み合わせたらいい曲になるかという方法論、理論はあると思うんですけど、その理論に従ったからといっていい曲になるわけではないですよね。工学って結構、こういう理論を積み上げるとこうなるというのが決まっている分野なので、音楽で理論を超えてものを作る部分が結構不思議で、そういう本質は何かというのを知りたかったことも、美術/芸術分野に興味を持ったきっかけだと思います。

先程言っていた絶対音楽なんかもロジックで積み上げていくのではなく、理論を超えた何かがあるのかなと。そういうのを知りたいというのは結構ありますね。

平本 1年ほど前に数学者の長尾健太郎さんと対談したときに、長尾さんが話していてなるほどと思ったことが、数学の理論は絶対理論だと、でも音楽の理論は過去の作品の集大成、色々な曲を円で表現してみたとするとそれが交わるところなので、理論で音楽のすべてを語ることはできない、ということなんです。

だから例えば1800年~1830年のクラシック音楽といったら、大体こういう理論があるというだけで、その理論で1890年以降のドビュッシーの音楽を語れるかというとそれは違う。だから、音楽の理論は多くの作品の芯にある部分を、後付けで分析したものという印象です。

音楽の理論を勉強し始めたときに、こういう理論が決まっているんなら、これを勉強した人はみんなモーツアルトやドビュッシーみたいになれるんじゃないかと思ったんですけど、そんなことは無いんですね。そうしたら名作曲家だらけになるはずなのに、ほとんどすごい作曲家なんていない(笑)。で、それに加えて、理論では説明できないことを、先にあげた名作曲家たちがしていることも知ったんです。それで理論イコール作品ではないなと、当たり前のことなんですが、身を以て知ることは音楽を作る上では結構大切なんです。

だから、工学と音楽では、理論というもののあり方/意味合いがそもそも違うのだと思います。

田中 そうなんですね。だからこそ、工学をやっているだけでは足りない部分を、美術に求めたんだと思います。

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