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東京を巡る対談 月一更新

ケン・キャプラン(三田アーツ・オーナー)×平本正宏 対談 今に生きる浮世絵スピリット


葛飾北斎の名作『富嶽三十六景 凱風快晴』

<現代アートに息づく浮世絵スピリット>

平本 5年くらい前から日本美術が一気に盛り上がりましたよね。伊藤若冲展が開催されて大盛況で、時代を何百年も先取りしていたようなあの美の秘密に迫るテレビ番組が放送されたり、他にも美術史家の山下裕二さんが沢山の日本美術の面白さを提示されたり。今その流れもあり、とても日本美術に対して注目が集まっている印象を受けます。

キャプラン それはおっしゃる通りだと思います。明治から100年以上経って、美術だけでなく、料理、お茶、生け花など日本の文化、職人が作ったものが世界中から注目されています。日本の職人はとても手先が器用ですし、京都などにいると特にそれを感じることが多いです。とてもマメで、マニアックですね。最近、映画、音楽、文学、ファッションなど自分たちの作っている物を海外に持っていっている印象がありますね。海外での評価もとても高い。そういう中で日本美術も、これからどんどん盛り上がっていくと思っています。

平本 音楽では1960年代、70年代に日本の雅楽がジョン・ケージやオリヴィエ・メシアンといった欧米の作曲家に影響を与えました。明治初期に日本文化がヨーロッパでもてはやされた現象に似ていますが、そのとき以上に文化芸術の行き来が容易くなったことも大きく影響していると思います。飛行機で日本に訪れ、演奏会のついで日本の伝統音楽に触れたり、資料を収集したり。そういった中で、1000年以上歴史のある雅楽が現代の新しい音楽を生み出すきっかけとなった。

そういった現象は、浮世絵の周辺にもあるものなのでしょうか?

キャプラン ヨーロッパに浮世絵が渡った当初、絶大な影響力があり、マネ、モネ、セザンヌ、ドガと名だたる美術家が浮世絵を愛しました。クリムト、ピカソも皆、日本の美術というと浮世絵で、皆影響を受けました。ゴッホは広重を天才だと崇拝していたくらいです。

現代美術では、村上隆さん、奈良美智さん、山口晃さんなど浮世絵の影響を受けている作家はいると思います。ただ、もう200年経っていますので、新しいものを生み出さなきゃいけないというのがアーティストですから、一度勉強してそれを消化している。その中には浮世絵やその技法が入っていると思います。

浮世絵、琳派、若冲は世界的にもコンテンポラリーアートに影響力が強くて、その影響力を現代のアーティストの作品の中でよく見ます。

平本 ということは、多くのコンテンポラリーアートの中に浮世絵スピリットが存在するということですね。すごいですね。

実際に現在スピリットだけでなく、浮世絵の手法から新しいアートを生み出している作家などいるんでしょうか?

キャプラン 最近現代アートを扱わないのでちょっと詳しくないのですが、浮世絵に近いといいますか浮世絵チックな版画を日本で作っている外国人のアーティストは、東京や京都にいます。ただ、アートは残酷なので、売れる人は1000人、5000人に1人くらいですから、その人たちが売れているかどうかはわからないですね。

奈良さんの作品から影響は感じますね。北斎の赤富士をモチーフにした、スキーをしている女の子が描かれた「白富士」とか、ありますね。日本人のアーディストにはその影響を見ることはありますが、海外のアーティストだとあまり見ないですね。時間が何百年と経ってしまっていますから、ゴッホですらクラシックになる現代では、若い海外のアーティストだと浮世絵にそれほど関心が無いんじゃないかと思います。もちろん勉強はしていると思います。

浮世絵のスピリットってポップアートに似ていると思うんです。あの時代、ヨーロッパではどれだけリアルにものを写生できるかが主流でしたが、浮世絵はそんなことは全く関係なかった。浮世絵は作家が好きなように書いている、橋の下から見上げて描いたものもあれば、鳥瞰図的に描かれたものもある。とにかく作家自身の印象の通りに描けばよかったので、そこから印象派もできました。そういった作家の視点でどんどん世界を作っていくことが、マルセル・デュシャンの「泉」に繋がったと思います。現代はそういう流れで来た新しいものを求めるスタイルの最中ですけど、5年、10年後はこれがどうなるのかわからないですね。個人的には、ここ20年くらいの美術作品はレベルが低いと思っているので。これから50年、100年経ったときに、90年、2000年、2010年に作られた作品はすべてゴミだと言われるかもしれないし、そうでないかもしれない。

いい作品、いいアーティストは残ります。そうじゃない人は0になります。1円にもならない。

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