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東京を巡る対談 月一更新

謝 依旻(囲碁棋士)×平本正宏 対談 何百手先が読めてもわからない勝敗

<正解が無いからコンピュータが勝てない囲碁>

平本 将棋とかチェスではコンピュータが勝つようになりましたけど、囲碁はコンピュータが勝つのはかなり難しいらしいですね。

今はまだ無理ですね。囲碁はもうちょっと時間がかかりそうですね。

基本的に正解があるものはパソコンの方が強いと思うんですよ。でも囲碁というのは正解が無いんですね。例えばある対局の局面を見て、私は黒が良いと思っても、私と同じくらいのレベルの人が白の方がいいと思ったり。それの判断も自分のスタイルなんです。好みもあるので、それが必ず正解になるわけではないんですよ。特に序盤、対局の最初の方はあまり正解が無いので、だからコンピュータではまだまだ難しいと思います。

平本 人間性だとか、1人1人の棋士の性格や趣向が出てくるものなんですか?



出ると思います。形勢が悪くなったときに、感情的になって無理をしたりすると、すぐ負けちゃったりするんですよね。少しミスをしても、あまり気にせずに自分のスタイルを保って、相手のミスを待つほうがいい気がします。これもやっぱり普段の性格が関連してくるんですね。私は割と形勢が悪くなると、熱くなるので。でも昔と比べたら最近は年齢も関係していると思いますが、落ち着きました。年齢によってスタイルも変わるんです。

平本 謝さんは日本に来て囲碁のプロになって10年ぐらいですが、今はどういう時期か意識されている部分はありますか? 実は僕も作曲家として初めてお仕事をした時から今年で10年で、色々と思うところはあるのですが。

そうですね。最近は成績があまり良くなくて、どういう時期と言われると、ちょっと難しいですね。今は勝負に対してちょっと落ち着いて見られるようになったのかなっていう感じはしています。前は負けたらすぐ感情的になったりとか、『情熱大陸』であったように結構ワーってなったり。昔はもっとすごかったです。でも、あの女流本因坊戦は久しぶりに感情が出ましたね。やっぱり一番大きいタイトルで、しかも自分の勝ちまで持っていったのに、結局自分がミスしてしまって。

平本 『情熱大陸』の中でありましたけど、相手の手が意外な一手だったとか。

それは難しいですけど、でもその変化が読み切れない事が自分の実力なので。ミスとも言えるし、実力とも言えるし、運が悪かったとも言えるんですよ。あと相手が強かったとも言えるし。でもまとめて言うと、実力が足りなかった。もっと強ければ、もっと速い段階で変化を読み切れますし。基本的に負ける事は誰の責任でもなくて、自分の責任なので、相手とは関係ないんですね。自分に責任があると思わなければ。

平本 じゃあ相手と対局をしながら、自分が研究してきた事、勉強してきた事と向き合う時間でもある。

そうですね、はい。



平本 作曲の場合はこの日に対局ということは無いのですが、かわりに締め切りがあって、決められた日に必ず曲を依頼主に渡さなくてはならない。だから、その締め切りまで10日間あれば9日間遊んでも構わない、自由に使えます。でも、大半の場合は10日間曲のことを考え続けるという感じです。そこで一番いい曲を出さなくてはいけないわけですから、いいメロディができても、もっといいメロディがあるんじゃないかと探し続けます。その結果さらにいい曲ができることもありますし、やっぱり最初に作ったものが一番良かったということもあり、その場面場面で違うんです。でも、限られた時間の中でいい曲を作らなくてはいけないので、常に気は抜けませんね。

そういう風に生活していると、自分にとって音楽はいつの間に楽しいものというだけでなく研究対象になるので、純粋に聴いたり、歌ったりはできなくなりました。

作曲家と私達の違いって、作曲したものを評価するのは他人じゃないですか、私達は相手に勝てばいいんですよね。別に誰かの評価とかいらないんです。

平本 確かにそうですよね。全対局が勝ち負けで決まるわけですもんね。

残酷と言えば残酷ですけども、でもはっきりしている部分はあるので、分かりやすいっちゃ分かりやすいですね。

平本 そうですね。作曲は評価が変わりますからね。

人によって違うじゃないですか。私からみると、作曲の方が難しいですね。

平本 しかも曲を出した時は評価されないのに、10年後くらいに評価される可能性もありますし、今評価されたのに、10年後誰も覚えてない可能性もあるじゃないですか。

ただ、他者の評価は揺れ動くので、その分自分の中で評価がきちっとできるようにしている部分はあるんですよ。そのためには音楽の勉強したり、他の曲を聴いたり、現在音楽に関係するテクノロジーに注目したり。芸術である以上客観的な評価が白黒つかない分、自分にとってどうだったかを厳しく判断できるようにはしています。

私達の対局は、その対局1つでその人の今までの評価をします。

平本 確かに厳しい世界かもしれないですけど、分かりやすく、その度に自分と向き合う事が出来るわけですね。

ボクシングとかの競技に似ているところはありますね。

平本 なんとなくその感覚はわかります。引き分けは無いのですか?

ほとんど無いですね。そういう時もあります。でも1人の一生に1度あるかないかくらいです。私もまだ無いですし、練習のときも無いです。ある人はあるみたいですが。

平本 そうなった場合はどうなるんですか。

もう1局やります。

平本 なるほど、それでもその日にやはりちゃんと勝負を決めるわけですね。

その日でない時もあるんですけども、例えば朝から夜までずっとやっていて、そこからもう1局打つ事が難しい場合もありますので。でも私は今のところ、何万局と打っていると思うんですけども、1回も無いですね。もっと打っているかな(笑)。

平本 その対局数はすごいですね。

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