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東京を巡る対談 月一更新

謝 依旻(囲碁棋士)×平本正宏 対談 何百手先が読めてもわからない勝敗



<形成判断だけでは分からない勝敗>

平本 囲碁は何歳から始められたんですか。

私は5歳からですね。5歳半から1年に平均1000局くらいは打つとしたら、18年で2万近くですね。もっと打ってる可能性もありますね。子供の頃の方が打っていて、今は対局の為に体力を温存しなければいけないので(笑)。1局にかける時間もとても長いですし、そのために前日はしっかり休んだり。子供の時は1局20分、30分くらいで終わるので、そういう意味では昔の方が打ててると思うんですけども、今はもっと試合の為に時間を考えながら使っていますね。

平本 対局の日をいいコンディションで迎えられるような努力もしているんですね。

そうですね。囲碁は同じ対局は無くても、似たような形の前例があるんです。そこから、次の1手はこういう筋だとか考えられるので、日々の練習が結果に繋がる。だから普段の練習も必要ですし、普段から練習していると似たような形が出たときの対応が全然違います。

平本 対局に向けて経験値を増やしているという状態ですね。

そうですね。勉強をして強くなるという保証はどこにも無いんですけど、マイナスには絶対にはならない。勉強をしないと、知識も増えないです。普段で学んだ事、練習で学んだ事を本番で出せるかどうか、それは個人によって違いますが。

平本 確かに練習をすることで、時間が短縮できたり、勘が働きやすくなったり、そういうことは色々な分野に共通していますよね。



僕もコンサートやライブでピアノを弾くのですが、練習をしていて、すごい完璧な状態で本番を迎えても、実際にそのまま出来なかったりします。反対に練習したからこそ、本番が練習の何倍も良くなることもある。本番の雰囲気などで変わりますよね。

そうなんですよね、実力を実力以上に発揮できた時もあれば、なんでこんな碁を打っちゃったんだろうってこともあったり。

平本 たくさんの経験を積んでいても、やっぱりこういう事はあるんですね。

僕は作曲を始めてから15年になるのですが、今まで作った曲を全部合わせると、1000曲くらいになると思います。面白いのが、作曲をやればやるほど、これからやりたいことや新しい曲のアイデアがどんどん出てきて、年々もっとやらなくちゃという気持ちが強くなっていくんです。

謝さんも対局数を重ねたこと、囲碁を打ち続けてきたことで変わってきた部分はありますか?

変わることもあります。生活面で上手くいったりいかなかったりで囲碁に影響が出ますね。基本的に囲碁が上手くいってる時はプライベートはどうでもいいかなっていう感じなので(笑)。私はプライベートでは楽観的な方なんですけど、囲碁に関しては少しのことで悲観しちゃいます。でも、悲観的になることは悪い訳ではないと思うんです。というのは囲碁はどっちがいいかという形勢判断がとても難しいんですね。形勢の良い悪いによって打ち方も変わってくるので。

平本 その形勢判断というのは対局中は常にしているのですか?

そうですね。大体いつも、これだったら勝負できるかとか考えています。

平本 それこそ相手が打った手で、これはいけるかもって思ったり、逆もあったり。

そうですね。ここは白がもっと頑張らないといけないとか、ちょっと相手がゆるんできたからそこからいけるとか。だから本当に1手1手変わる。例えば自分が今良いと思っていても、少し指していくと、「あれ?」そんなに良くないなと思ったり。

平本 じゃあ、形勢判断が間違っている場合もあるわけですか?

そうなんです、だから負けるんですよ。勝つ場合もあります。自分が悪いと思っているときに、ここは我慢だとか、どんどん攻ようとか、相手のミスを待とうとか、本当に色々とあって難しいんですね。その局面にならないと分からないです。その形勢判断というのを、やっぱり普段の練習の積み重ねで少しでも確実なものにしようとしているんです。でも、それでも出来ないかもしれないです。

私の先輩が言っていたのですが、何百手先まで読む事ことは出来るんですけど、形勢が分からない、読んだ後の結果が分からないと言うんです。読んだ後にその形勢が本当に良いのかどうか分からない。よくお客さんから「謝さんて何手先まで読めるの?」っていう質問があるのですが、読めることは読めるのですけど、結果が分からないんです。自分と相手とどちらが良いか分からないので、何パターンか読むんですね。それで、自分にとって一番いい結果になりそうな手を使うわけですが、それでも結果的に悪かったりします。

平本 本当に一筋縄じゃないんですね。作曲に例えるとどんな感じなんだろう。例えばあるメロディの断片が出来たとするじゃないですか。そのあと、いつものような流れでメロディの続きを作ってみるとありきたりな曲になってしまったり、過去に作った曲に似てしまったり、思いついたメロディの断片を生かしきれないということがあるんです。いつも通りに仕上げたから良い曲に仕上がるわけではなくて、そのとき出来たものに真剣に向き合うと自分でも想像もしなかった曲に仕上がったりする。そういう状況に近いのかなと思いました。

あー、そうかもしれないですね。例えば同じ局面でも、自分の思った通りに進んだんですけども、そんなに良くなかったりということもあるんですよね。

平本 こういったら良いなと思っていたところまでいったにも関わらず?

はい、意外と難しかったりして。よく考えたらそれは良くなかったり。

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