ケン・キャプラン(三田アーツ・オーナー)×平本正宏 対談
収録日:2012年11月14日
収録地:神保町
対談場所:三田アーツ
撮影:moco
<古いものを伝える人の意思>
平本 ケンさんは主に浮世絵を扱っていらっしゃいますが、200~300年前のものを扱うことについてどのように考えていらっしゃいますか?
西洋音楽は作曲家自身が残すものというのは楽譜で、それを演奏者たちが演奏することで生かしていきます。だから、数回演奏されただけで2度と演奏されないものもありますし、バッハやモーツアルトなど300~400年に渡って演奏され続け、生き続けるものもあります。また、民族音楽などは楽譜は無く、耳の記憶だけで数百年~数千年演奏されているものまであります。
近年では音楽をレコーディングできるようになり、レコードからCDというものに、現在ではmp3などのデータに落とし込むことができるようになり、電子音楽などの中には演奏を想定しない音楽も存在するようになりました。そのおかげでクラシック音楽の数10年前の名演を今でも聴くこともできます。
ただ、古いものになればなるほど、演奏されることでしか音楽が生きる術はありません。そして、古ければ古いほど淘汰する時間が長いのでいいものでないと残りません。
それで、そういう昔の音楽が生き続けて来た中には、そういう音楽を面白いと思い、紹介したり、演奏会を企画したりと伝えてきた人たちの存在が必ずあります。ケンさんは、浮世絵のコレクターではなく、人や場所に流通させて、商売にしてもいますよね。オークションなどで新しい浮世絵を発掘することもしばしばだと伺いました。
浮世絵を扱うことに対する思いはいかがですか?
キャプラン 350年前~150年前の“古い”ものを扱っているので、今現存しているものはそれまで色々な方が持っていたということですよね。ひとつ僕がよく思うことは、失礼な言い方になってしまうかもしれませんが、クオリティの低い作品はコンディションも悪いものが多いんですよ。でも、今でもたまに北斎、写楽、豊国、歌麿の大名品のものが“刷りっぱなし”、つまり今朝刷ったような状態のものが発見されることがあるんです。
じゃあなぜ、100年、200年、300年前に作られたものが今でもものすごくいい状態で発見されるのかというと、やっぱりその作品を守ろうと大事にした人がいて、続いたということだと思います。例えば、戦争や火事、地震があっても、何が何でも家宝として守ったんじゃないか。ただ偶然にきれいな状態で残ったんではなく、誰かの意思がそこにあったと思います。これは美術だけでなくて、建築などにも当てはまると思います。
何百年と生きてきた作品はたぶん僕らが死んだ後も残ると思うんです。だから我々は短時間所有する、借りていると考えています。僕はあまりオーナーシップには固執しなくて、大事に守られてきた素晴らしい作品をその素晴らしい状態のままで次の世代へ伝える、キザに言うとそこに入った魂を伝える役割と思っています。
平本 なるほど、かたちは違えど人々に守られてきた音楽と似ていますね。
キャプラン 僕が喜びを感じるのは、作品をずっと大事にした方から購入して、その作品を愛してくれる方、コレクターや美術館や博物館に譲ることに喜びを感じます。自分で所有するのは1日でも1週間でも短時間でいいんです。一時的にその作品を扱えることに喜びを感じますね。作品に対していい人を探し当てて導きたい、そういう気持ちが強くあります。ここの美術館なら、このコレクターなら大事にしてくれるんじゃないか、そういったプロセスがとても大切だと思っています。
平本 浮世絵、美術作品一般にケンさんがおっしゃるような、人から人へ渡り繋いでいくプロセスはとても重要だと感じます。作品が生きるも生きないも、やはりその作品に接する人によると思います。そこは音楽も同じですね。いい音楽には普遍的なクオリティがありますし、その質に気づいて愛してくれる人にとっては他の音楽には代えることのできない音ですから。
そういった仕事をされる中で、いい作品、いい浮世絵を扱いたいという欲は強いですか? 僕は作曲家である前に、音楽が大好きなリスナーですから、いい音楽、いい演奏に出会いたいという欲はかなり強いです。
キャプラン それは強いです。美術でも音楽でも、それこそ食べ物でもワインでも、ものにはレベルがあるので、どうせやるんだったらトップの10パーセントのものを扱った方がエキサイティングですね。また、金銭的にもそういった作品の方が潤うんじゃないかと思いますね。
特に浮世絵の場合は、歴史が長くて、それこそ何千人という作家がいて、全部で何百万点と制作されているので、幕末になると前の時代の巨匠のモノマネが増えて、段々クオリティが落ちていくんです。
平本 それは模写的なものですか? それとも何となく似ているいわゆるパクリのようなものですか?
キャプラン 両方あると思います。キュビズムでもポップアートでもやっぱり流れのカーブがあって、黄金期が過ぎた後、やっぱり力がなくなって衰退していくので。加えて、版画、つまりマルチプルなので相当な数生産され、日本のビジュアルアートの中でも世界一数が流通しているものだと思うんです。ボストン美術館は10万点、メトロポリタン美術館は8万点、大英美術館も8万点。
ただ、すべてがいいわけではありません。先程も言いましたが、トップの10パーセントは素晴らしいですが、晩期の明治時代にかけてはあまりクオリティがいいものは少なく、明治時代には器などを輸出する際に梱包に使ったりもしているんです。でも、そのために浮世絵って安いものというイメージがついてしまったんですが、そういう風に使われたものは晩期のものなんですね。それに対して、北斎、広重、歌麿はいつの時代も評価が高かった。