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東京を巡る対談 月一更新

中嶋一貴(レーシングドライバー)× 平本正宏 対談 レースが奏でる<音楽>を聴く

<レースで生まれてくる自分の運転スタイル>

平本 中嶋さんの、自分にとっての運転のスタイルがレースにはあると思うのですが、音楽の場合も自分の好きな音や自分が得意なスタイルみたいなものが出来てくるんです。ただ、段々とそれに飽きてきて、それではどうしても突破できない何かに気付く時がある。

そうなると今まで作ったことのないような曲にチャレンジしたり、作曲や演奏の方法を変えてみたりするんです。僕は飽きっぽいから1年、2年単位で結構大きな変化を作ってしまうのですが、そういうことはレースの中にもありますか?

中嶋 レースでいうと、車のセッティングの突き詰め方に近いかもしれないですね。運転は音楽でいうと楽譜があるところから始まる。車が出来上がっていて、その車とサーキットによってある程度理想のラインは決まっているところから入るのが運転です。

その前段階、楽譜を作るような作業は、ドライバーの仕事でいうと車をセッティングするところに近い気がします。もちろん車は出来上がっていて、作曲やアレンジにみたいな大きなものではありませんが、それでもそのセッティング次第で結果は大きく変わってきます。楽器の調律や音合わせみたいな感じなのかな。

平本 演奏家は楽器の調律と、アナリーゼという楽譜の読解をすごく時間をかけるんですね。曲の構造もそうですし、作曲家がどういう時期に書いた曲かを調べたり。1人の作曲家の曲でも、娘が生まれた時に作った曲か、離婚した時に作った曲かで感覚が違いますから、そういった背景を読み解いた上で、演奏していくのは重要だと思います。レースの中でも「マシンを読む」みたいなことはあるのですか?

中嶋 やっぱり僕らもある程度車の構造や成り立ちと動きの関係を分かっていないといけないので。レースウィークに練習時間が1時間あるのですが、その中で車を調整することが上手くできるか出来ないかで1周につきコンマ5秒とか変わってくるんです。このコンマ5秒で勝負が全く変わってしまうタイム差なんです。

平本 それで順位はどれくらい変わってしまうんですか。

中嶋 たぶん、3つ4つは。

平本 それはすごいですね!

中嶋 下手するとコンマ5秒じゃきかないくらい変わってしまうタイム差なんです。その細かいところを突き詰めるためには、僕らもある程度車のことを分かっていないといけない。

例えば、僕らが走ってきてリズムが何か違うというところを探し出して、それがどう違うのかを説明する。いいドライバーは、そこからどう変えたらよくなるんじゃないかという提案をエンジニアに伝えるんです。

これが出来る時と出来ない時がありまして、走る感覚でわかりやすい時もあれば、一つを変えると別の部分が悪くなってしまうときもある。そういった足し算、引き算をしながらやっていかないといけない。これを1分、2分の間に考えて次に行かないと時間がなくなってしまうので、結構頭に負担がかかってきます。考えなきゃいけないことの量もすごくありますし。予選などプレッシャーがかかってくる状況だと思考停止になりがちですが、分からないからこのまま行ってしまうと負けなのです。

そうならないためには自分が極力物事を理解していないとできませんから、すごく大事です。それによって最後のコンマ1秒を勝負できる。下手するとコンマ1秒の中に2、3台いるのでしんどいですが(笑)。

平本 構造を知っているが故にわかったり、示せたりするものと、感覚的・直感的にわかるものと、それが両立してはじめていい状態になりますよね。

中嶋 感覚を持っていることは大前提なんですが、それを説明する言葉があるかないかでいいドライバーかそうでないかが変わってくるのではと思います。

今回ル・マン、WEC世界耐久選手権で3人1組でレースをするのですが、僕より経験のあるドライバーと仕事をすると、表現の仕方や感じるポイントも人によって違うので、意見を出し合うことがすごく勉強になります。

海外でレースをすると日本語と英語で表現の仕方も全然違いますし、また日本だとGTのレースではテストでトヨタのチーム、レクサスのドライバーが一同に介して情報を共有し合う場があるので、同じ問題に対して先輩ドライバーがどういう表現をするかは勉強になります。表現の仕方で開発する側の受け取り方も変わってきますし、それによって前に進むか進まないかが変わってくるので。

平本 まさにコミュニケーションですね。

中嶋 はい。

平本 確かに伝え方は大事です。演奏している時も何か変な時があるんです。もちろん、特定できる場合は、歌い方を変えてもらったり、別の演奏の仕方にトライしてもらったりするのですが、特定出来ないけど何か変だと感じる時がある。

そういう時は逆に演奏家に、それが何かを探ってくれと投げてしまいます。そうするとそれぞれの演奏家が意見を出してくれる。で、面白いのが、その投げかけをした時に自分が変に思わなかったところを相手が変だと思っていたりするんです。

中嶋 なるほど。

平本 それでその出してくれた意見を1個1個つぶしていくと、意外な部分が原因だったりして、それで曲がよくなった経験は何度かあります。

中嶋 まさに同じ作業だと思います。

平本 何か不思議ですね。話せば話すほど、レースと演奏の作っていく作業が似ていると感じます。

中嶋 車はいろいろな部品があって、何百、何千という部品で一つのものを作るので、そういう意味でも近いのかもしれないですね。

平本 まるで作曲して演奏することと同じですよね。たくさんの音を一つの曲に集約していくわけですし、それを演奏するわけですから。

中嶋 おもしろいですね。

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