document

東京を巡る対談 月一更新

中嶋一貴(レーシングドライバー)× 平本正宏 対談 レースが奏でる<音楽>を聴く

<レース本番前のモチベーション>

平本 レース前の頭の状態ってどういうところに持っていきたいんですか?

中嶋 僕は極力1回無にしたいので、1回何も考えない時間を作るようにしています。

どうしても考えてしまうんです。特にうまくいっていない時ほど、車のこと、自分が走りを直すところなどをあれこれ。10個も考えるところがあったら頭が思考停止になっちゃうんですけど。

平本 その考えちゃうことはレース前の準備段階のことですか?

中嶋 例えば、予選がよくないとか、予選前の練習がよくないとか、色々な理由があってダメな時って、考えすぎてもいけないんです。

考えている時って自分の体が自然に動かない、頭から入るとどうしてもダメな部分がある。それこそ、楽譜を見ながら演奏している感じになっちゃうんですよね。それではダメなので、ある程度考えるところまで考えて、1回それをオフにしたい。そういうときにリラックスするために曲を聴きます。本当に5分とか10分ですが。

平本 その時間はレースのどれくらい前ですか?

中嶋 大体30分くらい前までにそれを終わらせておきたい。それまでにリラックスを1回して、それから体のウォーミングアップをして準備をして車に乗るという形があります。ただ、それが出来る時と出来ない時がある。

日本のレースって、他の仕事や取材がありますから、時間配分が難しい時もありますね。でも、極力リラックスの時間は取るようにしています。

平本 そのとき聴いている曲はどんな?

中嶋 去年は葉加瀬太郎さんとか。

平本 なるほど。

中嶋 何曲かあるんですけど、歌詞がない曲なら何でも。たまたま自分が持っている中でチョイスしてみました。静かに気持ちをオフに出来る曲を並べて、最後に気持ちを盛り上げてという感じですね。

F1にいた時はそういうものを用意してくれる人がいて、色々試しました。海の音とか仏教の音とか。仏教の音はリズムがよくて。

平本 お経とか声明とかですか?

中嶋 そういうのではなくて、もう少しアジアな。色々な音を試しました。その人にやってもらっていたのは、音に合わせてコースのイメージトレーニングが入っているんです。もちろんそのまま日本では使えないので、ある程度の要素だけ自分で試しています。

平本 それはコースの流れに沿って選曲がされているっていう感じですか?

中嶋 いや、曲だけは元々入れてあって、その曲の中で盛り上がるところもあれば静かなところもある。その静かなところでイメージトレーニングが出来るように、その人の声で「あなたはできるんだから」みたいなことが入っているんです。曲とはちょっと違うかな。

平本 そのときのBGMが静かなものだったのですか?

中嶋 そうです。そのときのものはこちらでは使えないので、自分で何曲か探して作っています。必要ない時は必要ないのですが、自分をオフにしたい時、リラックスさせたい時は使ったりしますね。普段聴く音楽とは大分違うかもしれません。

平本 そのときは、体をオフにしながら冷静に確認しているんですか?

中嶋 そうですね。頭も体もストレスがかかっている状況はよくないので。もちろん、人によってはガチガチにプレッシャーをかけた方がパフォーマンスを出せる人もいますが、僕はそうでないと思いますし、それだと楽しめないので。だから1回力を抜いてリセットしてというのを大体やっています。

本当に調子がよくて何もしなくてもいけるという時は何もしなくてもいいのかもしれませんが、なかなかいつもそううまくいくわけではありませんので。

平本 まあそうですよね。

中嶋 どっちかというと、もがきながらやっていることの方が多いので。

平本 うまくいく時なんて数十回に1回ですよね。ライブの時などそれまでの感覚を遮断してから望むようにしています。

日本人って緊張することが良くない事みたいに教えられていますけど、僕はプロフェッショナルだと緊張しなくてはいけないと思うんです。自分が演奏しなくてはいけない時、緊張するように持っていく。でも、これもいい緊張でないといけなくて、もし緊張しすぎたり、緊張しっぱなしになると、いざという瞬間に眠くなったりしてしまってよくない。

だから、本番の大体20分前くらいまで、極力演奏を意識しないようにするんです。友達としゃべったりマンガを読んだりして。それで、20分前になったら一気に緊張する。で、このときにとにかく遮断したい、自分の集中力と緊張の中に他人が入って欲しくないんです。

この前六本木ヒルズでライブをした時、関係者が沢山控え室にいるんですね。全然関係ないことを話していたりして。それで、失礼だとは思ったのですが、お願いして20分前に全員に出て行ってもらったんです。控え室は演奏家だけにして、集中する時間を作りました。そうしないとパフォーマンスがしまらなくなってしまう。そういう時間は重要だと思います。

中嶋 そういう自分のリズム、ルーティンは大事ですよね。

僕らもチームにもよりますが、ドライバーだけの居場所があまりなくて。うちのチームはそういう場所を作ってもらえているのでやりやすいですが、そういう時間をとれない時はつらいです。

平本 1人の時間をとれない時はどうされるんですか?

中嶋 僕らの場合、車に乗っちゃえば1人になれるので、最悪5分前から車に乗ってスタートするまでの5分を自分の時間にすることもできます。

僕の場合は、リラックスとウォーミングアップをして車に乗ってから2、3分1人でいい意味で緊張する。そして、感覚をとぎすます時間にしています。

平本 やっぱり重要ですよね。

中嶋 日本だとそういう文化、そういうことに対する環境はあまりないような気がします。

平本 レースの世界でもそうだというのは不思議ですね。

中嶋 結構そうですね。うちのチームはまだ理解してくれている部分があり、環境もある程度整っています。ずっと外国人を乗せてきたから多少そういう風になっているのかもしれないですが。

チームによってはドライバーの居場所がなくてチームの中で他人と混ざりながらしか場所がないところも沢山あるので、そういう状況だと難しいですね。

平本 そういうのはわかりますね。

1 2 3 4 5 6 7