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東京を巡る対談 月一更新

Tekna TOKYO Orchestra スペシャルトーク デジナマ吟醸『テクナオケ』のつくりかた

<エンジニアに聞く>

今回の作品はレコーディング、ミックスを1ヶ月で行ったそうですが?

そうなんです。およそレコーディングに3週間、ミックスに2週間ですね。そう聞くと結構余裕があるように聞こえるんですが、メンバーそれぞれスケジュールの合う日が少なく私も他にいろいろと仕事を抱えていましたので、実際の作業時間としてはレコーディングとミックス合わせても2週間くらいだったかと思います。

レコーディングはどのように進めていったのでしょうか?

丁度5月はじめのGWあたりからレコーディングを始めたのですが、ほとんどの曲はボーカル、チェロ、ギターを別々に録っていったんです。全員集まって3人合わせてレコーディングしたのはこのアルバムでは3曲ほどですね。

最初に平本さんがプリプロで作ったオケに合わせてボーカルを3日ほどで録りました。普通レコーディングってドラム、ベース、ギターなどといった感じでオケを録ってからボーカルを録るんですが、最初にボーカルを録ったというのもなかなかすごいですよね。

次にチェロをこれも2日3日でレコーディングしました。ボーカルの時もそうなんですが、レコーディングの時は私と平本さんとの3人で録っていて、平本さんがチェックしつつ時々新しくアレンジを提案しつつのレコーディングでした。平本さんがKAOSS PADを取り出してProToolsから通したチェロの音をいじってチェロと一緒に演奏したり、その場で新しいアイデアが出たらすぐレコーディングに反映させてましたね。

ギターは今回単独では録らず、中村さんが自宅で録ったものをデータで送っていただきました。エレキでエフェクターをたくさん通したりしてだいぶこだわっていたようですね。

また、アルバム6曲目の「You and the Cello」ではシンセのストリングスにバイオリンを重ねているのですが、これはチェロの関口さんのアイデアで、後日にレコーディングしました。

そしてメンバー全員集合してボーカル、チェロ、アコースティックギター合わせて一緒にレコーディングを数曲しました。やっぱり全員で録った時は数回で良いテイクが録れて早かったですね。

レコーディング環境について教えて下さい。

今回のレコーディングでは本格的なレコーディングスタジオのような防音、吸音がしっかりされているような部屋を使いませんでしたので、やはりそういった面では色々と工夫していますね。

DAWは、私のMacBookProでAVIDのProTools10を動かして、オーディオインターフェイスにRMEのFireFace UCXを使いました。FireFace UCXはマイクプリが2つしかないので3人一緒にレコーディングした時はボーカルのマイクをMACKIEのミキサーのプリアンプを通してラインでFireFace UCXに送って録りました。

マイクはボーカルにAUDIXのOM3を、チェロにはRODEのNT2-A、アコースティックギターには中村さんの私物のRODE NT2000を使いました。中村さんいわく今まで色々試したけどこれが一番いいとのことでした。バイオリンにはAKGのC391Bをステレオで2本立てて録りました。

ボーカルに使ったのがOM3というのが一番の工夫ですね。今のほとんどのレコーディングではNEUMANNのU87やU67といったコンデンサーマイクをボーカルに使うのですが、これはSHUREのSM58や57のようなダイナミックマイクなんです。レコーディングの最初にRODEのNT2-Aと比べてみたんです。確かに息づかいといった繊細なところはNT2-Aがよく録れるんですが、コンデンサーマイクはすごく敏感に音を拾うので部屋の反射音やノイズがわずかに入ってしまうんです。そこでOM3を使ってみたら思いのほか声の倍音などもよく録れていて、ボーカルの吉田さんも「こっちのがいい」と言ったのでじゃぁダイナミックマイクで。と採用したんです。OM3はSHUREのSM58よりも指向性が強く、音のレンジも悪くないので私は結構好きですね。吉田さんは声量もあるのでSNも良くパワフルに録れました。

レコーディング後、平本さんがラフミックスを行い、そのラフミックスを元にミックスを作っていったそうですが?

そうですね。レコーディングが終わってミックスまで1週間の空きがあったので、その期間に平本さんにProTools上で今までのレコーディングをふまえてエレクトロニクスのオケのラフミックスや、録音した音をつかってアレンジなどをしてもらいました。曲によっては全く違う曲みたいになってたりもしましたね(笑)。

でも始めにラフミックスしていただいて助かる部分も多かったですね。平本さんの考えている曲のイメージがわかりやすくなりますし、その後のミックスの作業もスムーズになったと思います。平本さんの、エレクトロニクスのトラックがとても多いんですよ。ProToolsのEQやリバーブを使ってそれぞれのエレクトロニクスの音作りをしていて、ボリュームやパンニングのオートメーションも書いているので、じゃぁそのへんは作曲者である平本さんに任せよう。と。

そうしてできたラフミックスのセッションデータを私のProToolsに移してミックス作業を進めましたね。

ミックスの環境はいかがですか?

ミックスは全て平本さんの自宅のスタジオで行ったのですが、最初にモニタースピーカーの配置を決めたり部屋のキャリブレーションを行いました。スピーカーは平本さんのFOSTEXのPM0.4で、リスニングポイントから正三角形になるよう配置したり、耳の高さにくるようにちょうどそこにもう2発あった同じスピーカーの上に置いて高さを調整しました。

そして部屋の共鳴やスピーカー独自の周波数特性といった音のクセをBEHRINGERのDEQ2496を使って補正しました。このDEQ2496はイコライザーがついていて、測定用マイクをつないで本体からピンクノイズを出し、スピーカーからの音を測定用マイクで拾うことでスピーカーや部屋を含めたリスニングポイントでの周波数特性を測定して自動でフラットに補正してくれる便利な機能がついてるんです。私の自宅でもオーディオインターフェイスとモニタースピーカーADAM A5Xの間に入れて使ってますよ。本当は部屋の形や材質から考えて、防音や吸音などをしてフラットなモニタースピーカーを適切な位置に置いてというのが理想なんでしょうけど、私は機材ひとつで補正できるのなら特にそこまでのこだわりはないですね。将来そんなことができるお金持ちになったらわからないですけど(笑)。

今回のモニター環境はそんな感じでセッティングしていて、DEQ2496である程度補正したのち色々な音源を実際に耳で聴いてイコライザーを微調整して、できるだけフラットな環境でミックスできるように意識しました。

生楽器とエレクトロニクスのミックスで工夫した点はどのようなところでしょうか?

やはりエレクトロニクスの音は非現実的な音が多いので、現実的な生楽器とのミックスは難しかったですね。しかしさすがにTekna TOKYO Orchestraが今までライブをしてきていることもあり、音楽としては成り立っているんです。なので曲によってもミックスの方向性はバラバラなのですが、基本的に曲のイメージを壊さないようにミックスするよう気をつけました。エレクトロニクスがすごいポップなのに生楽器がすごくリアルで原音に忠実なクラシカルな音だと悪い意味で距離感が出てしまいますからね。ボーカルの処理も曲によって変えていますし、チェロはサイレントチェロをアンプシミュレーターで歪ませてみたり、エレキギター特有のノイズを強調してあげたり、本当に色々なことを試しています。エレクトロニクスの音に関してもEQで音色の調節をして、高域の耳に刺さるところを抑えてあげたり、逆にもっと出ている方が気持ちいい超高域の音は上げてみたり、聞こえない程の低音が強く出ている場合はカットしてみたりといった周波数分布の棲み分けを考えて整えました。

ミックスは全てProTools内部で仕上げたのですが、プラグインも色々使用しています。EQ、コンプ、ディレイ、リバーブ、アンプシミュレーター、フェイザー、フランジャー、テープシミュレーター、エキサイター、などなど。例えばテープシミュレーターやエキサイターも種類が色々あって、チェロにMasseyのTapeHead Saturatorを使ってごくわずかに歪ませることで音を太くしたり、ストリングスやエレクトロニクスの高域の倍音を出してイメージをシャキッとさせたいときにAphexのVintage Aural Exciterを使ったりしましたね。ProTools標準のEQもよく使いました。私にはこれが一番使いやすいので。

『Tekna TOKYO Orchestra』のサウンド全体を見ていかがでしょうか?

私も今回のようなエレクトロニクスと生音のアルバム制作は初めてですので色々と苦労しましたが、サイデラマスタリングの森崎さんの素晴らしいマスタリングのおかげもあり最終的にいいアルバムになったのではないかと思います。おそらく他ではなかなかこういうアルバムも聴けないんじゃないんですか。ロックでもポップスでもジャズでもクラシックでもなく、音楽としてのジャンルがうまく説明できないのもこのTekna TOKYO Orchestraの一つの魅力なんだと思います。今時のCDのように音圧を詰め込みすぎていないので、ぜひいつもよりボリュームを大きくして聴いてほしいですね。

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