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東京を巡る対談 月一更新

長尾健太郎(数学者)× 平本正宏 対談 シンプルな坂道を登る時、どちらを向くか

<思考総動員中>

平本 是非、対談を読まれているかたに興味を持ってもらうために、ちょろっとでも現在の研究の一端についてお話しいただければ。一般の人が分かるように噛み砕くのは難しいかと察しますが。

長尾 そうですねぇ……。

曲面を考えてください。一口に曲面と言っても、地球の表面のようなものもあれば、浮き輪の表面みたいなものもある。そういう曲面の一般的なものを空間と言います。

たとえば、曲面上には、閉じた曲線など、曲線がいっぱいあります。この曲線を全部集めてくると、新しい空間ができる。その新しい空間上の「点」とは何かと言うと、「曲面上の曲線」ですね。

平本 あ、ぁあ……(思考総動員中)。

長尾 かくかくしかじかの性質を満たすものを全部集めてくるということをして、新しい空間を作る。その「かくしかじかの性質を満たすもの」が、いまの話で言うと曲面上の曲線に当たる。幾何学的なものを全部集めることで、新しい空間を作るんです。

そこで――。

僕らは、大概、6次元を出発点にしています。物理学からの要請でそうなっているんですが、6次元を出発点として研究を進めると色々面白いことが見えてくるという経験則があるから。だから、6次元空間上の何かを集めてきて、新しい空間を作る。その新しい空間を調べていくと、はじめの幾何学からは想像もつかなかったような面白い構造が見えてくる。

平本 6次元……。

長尾 物理学で、全体を10次元と考える場合があって、それに沿って僕らは研究をしていて、10次元のうちの4次元は実際に我々が感じている3プラス、時間の1。それを引くと6次元になる。

イメージしやすいように、比喩的な話をします。

たとえば、このティッシュペーパーを考えましょう。このティッシュペーパーは本来は3次元のものですが、2次元的なものに見えますよね。それはなぜかというと、残りの1次元方向が非常に非常に薄いからです。我々が普段ティッシュペーパーを見ている時、薄い1次元方向は無視してしまって、残りの2次元分だけを見ているわけです。

さて、このティッシュペーパーの性質――強度とか柔らかさとか――を考えることにしましょう。性質を理解するためにはティッシュペーパー全体をただ見ているだけではダメで、ティッシュペーパーの局所的な構造――繊維がどうなっているかとか――を調べないといけない。そうなってくると、薄い1次元方向を無視するわけにはいきません。

話を戻すと――。

10次元を仮定したときに、6次元はすごく小さい。そのせいで実際に観測されるのは4次元までなんだと考える。そうだとすると、小さい6次元方向の構造を調べることで、4次元で起きている現象を理解できるはずだ。これが、6次元を出発点とする理由です。

いま「実際に観測される」と言いましたが、僕の場合は、必ずしも「現実」を説明する理論自体を追い求めているわけではない。そういう物理学のフィロソフィーに沿って6次元を調べていくと、数学的に面白い現象が起きている。その数学的現象に興味がある。さっき説明したことは、僕にとって宝探しの地図の一部、という感じかな。

平本 数学者から見て面白い現象というのはどう捉えたらいいんだろう。たとえば、将棋の棋士が「この形は面白い」と思う感覚に近いですか。

長尾 少し違うかもしれない。囲碁や将棋においては、相手に勝つという絶対的な目標があっての「面白さ」ですよね。だから、面白いんだけど勝てないというのじゃ、本当の面白さとは言えないと思います。

平本 対局の中盤で指された数手を、周りのプロ棋士たちが見て「なんて美しい手順だ」と嘆声を洩らすことがあると聞きます。そういうプロフェッショナルな世界に属している人にしかわからない共通の美的感覚のようなものが、数学の世界でもありそうな気がするんですが。

長尾 数学的な経験を積み重ねて、それに基づいて何を面白いと思うのかの基準ができてくる。そういう意味では、プロフェッショナルにしかない感覚かな。でも、最終目標を共有しているわけではないから、積み重ねてきた経験とその捉えかたって、人によってかなり違う。

平本 数学者だからといって、面白さが共有できるわけではない?

長尾 そう思います。ただ、できるだけ、ほかの数学者に共有してもらうことも重要ではある。

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