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東京を巡る対談 月一更新

フルタヨウコ(料理家・編集者)×平本正宏 対談 料理と音楽は相似形



<小学生で鼓笛隊>

平本 でもピアノは嫌でも、音楽が嫌いにならないで良かったですね。その後もヨウコさん、楽器は続けられて。

フルタ はい。音大生の先生が好きだったし、レッスンの後はケーキが食べられるから(笑)なんだかんだいって辛いながらもやっていたのですが、先生が卒業されたかなにかで来れなくなり、近所のヤマハ音楽教室に引き続きレッスンに行ってたんです。だけどそこにはモチベーションがアップするものが何もないのでピアノから逃れるためにクラリネットも始めたんです。

平本 クラリネットは何歳から始めたんですか?

フルタ 小6かな。学校で鼓笛隊があったんですね。鼓笛隊に入ると、運動会とかで演奏できるんです。2つ上の兄も鼓笛隊でユーフォニアムをやっていたので、身近な感じでした。私も最初トリオタムという太鼓をやりたかったんだけど、背は高かったけど痩せていたので太鼓が無理だっていわれて。

平本 持てないということですか?

フルタ 歩きながら3つの太鼓を叩くので持てないと言われて。太鼓は男の子がやることになって私はクラリネットをやることになったんです。

平本 それでクラリネットに行き着く訳ですね。

フルタ でも本当は太鼓ができないのならホルンをやりたかったんだけど、ホルンは唇の形があわないって言われて。ホルン以外の金管楽器はやりたくなかったんですよ。じゃあ木管楽器をやろうかなと。結局クラリネットを中学校に入っても吹奏楽部で続けて中2まで。中3に入る時に、先生とけんかしてやめました(笑)。

平本 え、ヨウコさんけんかするんですか?(笑)

フルタ あそこまでのけんかはその時くらいかな。友達とごそっと4人でやめてしまいました。

平本 何か先生の方針に納得いかなかったんですね。

フルタ 納得いかなかったんですよ。ここで我慢したら後輩たちがさらにかわいそうになっちゃうので責任感を感じてやめました。

平本 家の近くに音大がありましたけど、クラリネットで音楽の学校へ行こうとは考えなかったんですか?

フルタ それはもう、才能ある音大生の姿を見慣れていて、自分は才能が無いと思っていたので、行こうとは考えなかったです。それに、音大に行くにはめちゃくちゃ練習しなきゃいけないし(笑)。

平本 それだったらすぐ料理を勉強するという感じではなかったんですか?

フルタ なかったです。料理が好きだからコックになる、というのは別物でしたね。

平本 そうなんですか。なんか意外ですね。そういう感じだとは思っていませんでした。

フルタ そうですか(笑)。

平本 もっと積極的にお料理の方もやってらっしゃるのかなと。

フルタ 流れに任せてですね。

平本 ヨウコ流ですね! 流れに任せるのはどうですか?

フルタ そうですね。流れに任せると、自分が嫌だと思う仕事をして下さいとかは人からあまり頼まれないですね。

平本 そういう要求自体が来ないということですか?

フルタ そうです。でも料理で嫌だと思う仕事って何だろ。例えばパティシエがするようなケーキの監修をしてくれとかかな?でも、フランス菓子って経験とかちゃんと勉強しないとできないので、そういうことは言われないし。料理ではあまり無いかな。

平本 それはヨウコさんの中身を知らないで、なんとなく寄ってくるということが無いということですよね。なんか明らかにその仕事を頼む人を間違えてるじゃないっていうのってあるじゃないですか。

フルタ そうそう、それがあまりないの。

平本 そうなると結構いいですよね。完全に自分主体、自分が好きなように作るって一見自由でアーティスティックにも見えたりするんですけど、実はそれほど発展しなかったりしますよね。逆に、自分がやったことも無いようなものだったり、想像もしなかった面白い提案があると、そこにいいものをレスポンスしたいと思って、普段には発想しなかったようなものが作れたりして、それが自分の活動をまた広げていたり。

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