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東京を巡る対談 月一更新

勅使河原加奈子(フードプランナー・通訳)×平本正宏 対談 習うより慣れろで学んだ料理と外国語

<ジャズ喫茶からキューバ音楽へ>

勅使河原 はい。授業が無くても練習があるときは大学に行ってました。で、高田馬場とか早稲田にジャズ喫茶があって。授業をさぼって通って(笑)。ジャズ喫茶って、A面とかB面とかリクエストして聴くのですが、自分のがかかる前に、他の人がリクエストしたのが入っているので、自分のがかかるまで帰れないんですね(笑)。でも、それで結構いろんなジャズも聴けました。昔って辛抱強いですよね。CDだったら飛ばして聴けるけど、レコードだとA面B面付き合わなきゃいけないでしょ。

サルサやキューバ音楽を知ったのも大学のビッグバンドがきっかけなんです。私の<アンブシャ>とかアーキュレーションを見てくれた人が内田日富さんというオルケスタ・デル・ソルっていう日本で最初のサルサバンドのリードトロンボーンの方だったんです。その関係で、サルサのイベントがあるときは必ず行かなきゃいけなかったんですね。原宿のクロコダイルというライブハウスでした。そこでサルサのリズムを知りました。

平本 それはいい展開ですね。大学時代って、やりたいことにとことん気持ちと時間を注ぐタイミングな気がします。僕は、芸大に入れたときに、これで好きなだけ音楽を聴いて、好きなだけ作曲をしていいんだという、人生の免罪符をもらった気がしたんです。高校は普通の高校でしたから音楽ばかりというわけには全然いけませんし、大学も一般大学も受けましたから。バイト代とか、仕事でお小遣い入ったら、すぐCD買ったり、作曲のための機材を揃えたりして、とにかく音楽に関係することをしまくっていましたね。ただ、あまり大学には行かなくて、おかげで進級が危うい学生だったりもしたのですが(笑)。

勅使河原さんは、大学時代からキューバ音楽にも手を出すようになったんですか?

勅使河原 いいえ、その時はキューバの方は聴かなかったんです。キューバのリズムはもっさりしていて。どちらかというとニューヨークのファニアオールスターズなどのサルサが好きでした。でも、あとで知ったのですが、ニューヨークのサルサというのはどちらかというとプエルトリコ系だったんです。

サルサもいろいろ派があるんですけど、リズムの違いが細かくって。ただ、アメリカにRMMっていうレーベルができて、サルサロマンティカというスタイルが流行って以降、ホーンセクションがものすごい単純になって、それで飽きてしまいました。

そのあと、キューバ音楽にちゃんと出会ったら、インプロヴィゼーションやジャズの転調もあり、リズムがすごく複雑で、自分が求めている要素がどちらも入っていて、色々混ざってて面白い。サルサはサルサのリズムなんですけど、サルサの元になったリズムが色々あって、それがキューバの音楽の深さなんですけど。逆にアメリカでサルサを踊る人はそれがすごく踊りにくいっていうんです。

平本 なるほど。それはかなり土着的な証拠ですね。

勅使河原 土着的ですね。そこにはサンテリアという、西アフリカから連れて来られた奴隷の宗教音楽がベースになっていますし。ブラジルに行くと、カンドンブレと呼ばれています。道をあける神様とか、愛の女神とか、海の女神とか、えーと風の神とか雷の神とか色々いるんですよ。で、私はその神様の踊りを勉強したくて、キューバに行って(笑)。あと社交ダンスとは全然違うルンバがあって、それもサンテリアもしくはヨルバという土着なステップがベースになっていて。

平本 今のところまだ全然お料理は出てこないですが(笑)。

勅使河原 あははは。本当にそうですね。

キューバは面白いんですよね、その生活の違いっていうか。キューバは遠くて、まず日本からLAに行ってそこからメキシコに入って、メキシコからキューバに入るんですけど、その3カ国を通過してゆくのがすごく楽しくて。東京とキューバは真反対なんです。ものの売り方とか人の歩き方とか、町の構造が違うので面白かったんですね。

平本 文化の違いやそれによる人の生き方の違いみたいなものに注目されている印象なのですが、キューバに強く惹かれた一番大きな理由は何ですか?

勅使河原 なんか東京だと、駅の階段とか、上る人は左側、降りる人は右側みたいにカチッとなってるじゃないですか。そんなのキューバは全然なくて、ぐちゃぐちゃなんですけど、すごく皆幸せそうっていうか。すごく良い笑顔だったり、すごく良い空気が流れているところがあったりして。私はキューバに行ってホテルに滞在したのは最初の1回だけで、あとはずっと人の家にお世話になっていたんです。

平本 友達が向こうにできて?

勅使河原 そうです。お家はトイレは水が流れないし、停電するし、だいたいバケツ1杯で頭と体を洗わないといけないんですが、それでも出来ちゃうってことが分かると、何でも生きていけるような自信になるんですね。なんか東京にいると、アレが無きゃだめとか、電車が2分遅れただけでイライラしたり、不幸じゃないですけど、「そんなのなんだったんだろう?」と思えるくらいの場所なんです。

バスがとにかく来ないんですよ。道ばたで友達に会って「何してんの?」って話しかけたら、「バス待ってんの」って。そのあと私は車で海に行って、ずっと海水浴して戻ってきたら、まだいるんですよ(笑)。また「何してんの?」って話しかけたら「まだバスを待ってる」って(笑)。

平本 え、数時間ですよね?

勅使河原 それでやっていける国って、ある意味幸せだなって思います。

移動がとにかくできない(笑)。だから東京で出来る5つの事のうち、ひとつでも出来たら、今日はもう上出来。それでも人って生活していけるし。その事言ったら、極論失礼かもしれないですけれども。

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