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東京を巡る対談 月一更新

勅使河原加奈子(フードプランナー・通訳)×平本正宏 対談 習うより慣れろで学んだ料理と外国語

<危険を感知する力>

平本 ただ分かるのが、やっぱり、こう、1カ所に住んでたりとか、特に仕事場が家の中だったりすると、生活のシステムが構築されるじゃないですか。そうすると、逆に欠けた時が想像できなくなってしまって、あれもこれも無いとだめと錯覚してしまう。ただ実際はむしろ無い方が何か新しい発見をできたりして。だからそういう状態に身を置くことは生きること、自分をみつめることの上でとても重要だと思うんです。

勅使河原 その経験のおかげで、水不足って言われてても、私はバケツ1杯のお水があったら、歯も磨いて顔も洗えるし、頭も体も洗えるなっていう自信があります(笑)。

キューバに限らず外国へ出る事は絶対に良いと思います。東京にいると本当に平和ボケしてしまうので。外国に行くと危ないものに気をつけるし、近づいてくるものにも気をつけなきゃいけなくなるじゃないですか。あの、感知する力っていうか、そういうのが東京にいると無い。外国に身を置くことで、何か感じようとするし、危険を察知しようとするし、人を、この人はどういう人かなとか、見抜こうじゃないですけど、感じようとします。なんか東京の中で暮らしてて、着ぐるみ着た状態から、どんどん見抜く感覚を取り戻すことになる。

平本 去年モスクワ映画祭に参加するためにロシアに行った時に感じたのですが、空港に入った瞬間からもう空気、匂いが違うわけですよね。そういうときに、身の安全も含めて、どう振る舞ったら、ここで楽しく過ごせるかって考えるんです。そこでのスタイルに落とし込んでいくと、料理やお酒も結構チャレンジできたりしてそこにいる自分を楽しめる。

勅使河原 何か自分の知らなかった自分を見つけるみたいなことありますね。

平本 トラベラー用のレストランじゃなくて、地元のスーパーやカフェに行って、そこで一番人気のあるビールを飲んだり、ローカルフードを食べたり、やっぱりそういうのが良いなって思います。で、楽しんでいる自分に気づくと、なお楽しくなったり(笑)。音楽も、そのときは通訳の人がいたので、どういう音楽が流行っているか聞いたりして。ただ、あまり時間がなかったので、音楽をじっくり探すことまではできなかったのですが。

勅使河原さんが最初に海外に行ったのはいつですか?

勅使河原 高校生の時です。「洋上セミナー」というのがあって、東京都が男女200名ずつ高校生を選んで、中国に文化交流に行こうという船です。それが最初です。

平本 どれくらいの期間?

勅使河原 2週間ですね。天津、北京、上海みたいな。

平本 あ、回るんですね。

勅使河原 はい。船酔いしましたけどね。台風とか来て、最悪で(笑)。船酔いした時は眠るしか無いですよね。

平本 あぁ。分かりますねぇ。

勅使河原 床に倒れて。

平本 だいたい船に酔うと床に寝ちゃうと良いって言いますよね。外見ちゃうと大変な事になるから(笑)。

勅使河原 でも、最初に行った国が中国で良かったと思います。アメリカとか生活が想像できる国じゃなくて全然知らない国だったので。当時は今の中国とは違います。皆人民服着ていましたから。歴史的に日本が影響を受けた国ですし、何の先入観もなく、自分の国のすぐ隣の国の人たちの生活を見れたので、すごく勉強になりました。

あと上海が面白かったです。上海の中に自分が憧れている西洋の文化があったんですね。旧フランス人街とか、西洋の建物とか、上海を通して初めて西洋に触れられた。北京はなんか物々しい共産圏的な建物ばっかりで残念だったんですけど、上海はそこにヨーロッパの匂いを感じて、ものすごく興奮して。食べ物も美味しかったですよ。その時写真を撮るのが大好きだったので、一眼レフのカメラを持って写真を結構撮りました。

平本 そういうのはお咎めは無かったんですか?

勅使河原 大丈夫でしたね。政府の建物とかはだめだったんですけど。

上海の住宅街は人がいっぱいいて、縁側で碁を打っていたり、子供が水たまりで遊んだりしているんです。そういう雑多な日常がすごく好きですね。ハバナや、路地の間の上に洗濯物を干しているナポリも。だから国のイメージで言っちゃうと、申し訳ないんですけどカナダとかスイスとか綺麗で安全な国って行きたいと思わなくて。

平本 そういう生活臭は好きですね。そういうところは音楽もありますよね。楽器1つ持って道ばたで好きな音楽弾いて、そこに集まって来た人が一緒に歌ったりして。あれこそ音楽の原点だと思いますね。生活臭が町中に溢れていて。

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