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東京を巡る対談 月一更新

大森立嗣(映画監督)×平本正宏 対談 社会の枠から出てはじめて生まれる愛

<映画の中の音楽の役割>

平本 あと『さよなら渓谷』の音楽を作ってみての感想なのですが、映画自体に音をシンプルにさせる力、シンプルな音で表現したくなるような力を感じたんです。壮大さや音数の多さはあまり合わなくて、1つの音に強い芯を込められれば、それ1つで成立する。この映画のために4つのメロディを僕は書いて、そのアレンジで全曲が成り立っているんですが、その最初のメロディ作りのときにそれを強く感じました。楽器も歌、チェロ、ギター、ピアノ、ストリングスしか使っていませんし、ほとんどの曲は各楽器のソロ曲だったり、そのうちの2つを使ったデュオです。各演奏家も、この映画のためのベストメンバーを揃えようと思いましたし、実際にそういうメンバーが揃った。すべてがしっかり鳴っている音楽を作ったんです。

大森 そうだね。音楽付くとやっぱり違うし、音楽ってそれくらいの力があるからね。世界観を変えちゃうからね、音楽で。だから、助けられるときもいっぱいあるよ、音楽に(笑)。

平本 監督にとって音楽はどういうものなんですか? 映画の中の音楽、自分の作品でもいいですし、映画全体に思うことでもありましたら。

大森 映画音楽は世界観を作るのにものすごい重要だからね。実際映画の現場の中で、音楽は明確に、強く表現している人みたいなものなんですよ。もちろん役者もそうだし、カメラマンなんかもそういう所ある、スチールマンも。それで、音楽っていうのは映画のそのものにものすごい強烈に、後からだけどすごい印象を作る。ものすごいものだと思う。

平本 ニーノ・ロータやエンニオ・モリコーネなど、70年代までは映画とその中に流れる名曲が結びついていた時代がありますよね。いい映画には素晴らしい音楽が付随していて、音楽だけが独立して聴かれるようになったり。すごく好きになった音楽が、実は映画のサントラだったという経験はいくつもあります。ところが80年代以降、映画の音楽ではメロディがあまり使われない、雰囲気の音楽が多くなってきますよね。特に近年のハリウッド映画は、象徴的なメロディは作らず、雰囲気音楽でガンガン映画を煽っています。僕が映画を沢山見始めた10年ちょっと前には、最近いい音楽の映画はないなと、感じていました。

大森 そうだね。とにかく、そのシーンを説明するような音楽は付けたくないよね。表現にならないと思うんだよね。そこらへんが一番難しいところかな。でも、1ショット、1ショットもそうなんだけど、とにかく一番気にしているのは、脚本書くときもそうなんだけど、説明的なものをなるべく排除したい。さっきも言ったけど。

例えばコーヒーがあって、コーヒーカップを手で取るというシーンをアップで撮らなくちゃいけないときに、ただの説明じゃなくて、例えば手に真っ黒い垢が溜まった男の手ならそれは描写になると思うんだけど、コーヒーを飲むって書くだけだったら説明にしかならない。ごつごつした手を撮るとか。それが無いと見せ物にならないんじゃないかと思って。とにかく描写を説明したくない。

音楽も同じなんだよね、俺の中で。とにかくシーンを説明するような音楽にしたくない。テレビやハリウッド映画はそういうところあるんだけど、盛り上げるために煽る、そういう使い方は好きじゃないな。

平本 今回どこまで話していいかわからないんですけど(笑)、『さよなら渓谷』の最後のシーンの音楽、吊り橋までかなこと俊介が歩くシーンの音楽が当初の予定とまるっきり変わったじゃないですか。ダビングのときに音楽が変わって、自分でも音楽1つでこんなにシーンの意味が変わるんだと知ってビックリしたんです。

大森 ああ、そうだねえ。

平本 今回もダビングのときに音楽の付け方が変わったシーンがいくつもありましたよね。大森監督の作品はいつもダビングのときまでどう音楽を付けるかは完全には決まっていないんですか?

大森 割と決まっている場所もあるし。俺はね、『さよなら渓谷』のダビングみたいな感じだな、いつも。音楽家が来ているときも来ていないときもあったけど、割と同じ感じ。大友良英さんなんかは好きに使ってくれと、曲の中の1トラックだけ使ってもらってもいいし、という人。もちろんミックスはしてくれるんだけど。

平本 『まほろ駅前多田便利軒』のときはどうだったんですか? くるりの岸田繁さんが音楽ですが。

大森 『まほろ~』のときは一度岸田さんが作ってくれたんだけど、割とダメ出しもあったんですよ。それで大分やり直してくれて、それからまたレコーディングして。岸田さんもこのシーンは絶対にこれです! っていうところもあったりして。あのオープニングの音楽も、実は全部作り替えてもらったものなんだよ。だから、レコーディングにも結構立ち会って、岸田さんが1つ1つどうですか? と聞いてくれて、やったよ。

平本 じゃあ、あの映画は結構音楽作りに時間使ったんですね。

大森 うん、やってた。スタジオにも通っていたし。

平本 僕は今回映画ははじめてだったので、どういうやり取りを普段されるのか知らなくて、プロデューサーの森重さんに教えてもらったりしたんですが。

大森 ああ、聞いていたね(笑)。

平本 そうですね(笑)。それこそ、ダビングとか用語の意味が音楽業界と違ったりしたので。今回は大体20日間で全曲書いたのですが、『まほろ~』のように時間かけて音楽を作られるときもあるんですね。

大森 岸田さんとのときは、確か楽曲数が多かったんだよね。色々な種類の曲があったから。今回の『さよなら渓谷』や大友さんとのときは、一個テーマ曲を決めて、そのアレンジでいけるっていう感じだったじゃないですか。そういうときは、メインテーマがしっかりしていれば大丈夫かなってなる。『まほろ~』のときは色々な曲があったのと、映画の毛色もいままでとちょっと違ったところがあったから、結構コミュニケーションをしたな。いままでで一番したかもしれない。岸田さん、なんか変な楽器使うんだよね。今回みたいに、こういう楽器だからこういう音になるだろうっていうのが予測つかなかったり。

平本 なるほど、映画や作曲家によって全然違いますね。

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