document

東京を巡る対談 月一更新

村上祐資(極地建築研究者)× 平本正宏 対談 月より遠い南極〜薄曇りの極夜に音は潜んで

<環境と音の関係>

平本 極地と一口に言っても、寒いところ、高いところ、ジャングルの奥、地球の外、などなど様々ですよね。でも、どの極地へ行っても、極地にいることを実感させる感覚の最たるものが、音なんじゃないでしょうか。そこへ行けば、環境が人間の身体に影響を及ぼし、感覚器官そのものが変容してしまうはずで、だから、音の変化を認識できたとしたら、音の発生源にすべての原因があるのではなく、その場の環境が人間の感覚器官を変えてしまったからだとも言えるのではないか。

    極地建築のことに話を移すと、通常の環境での感覚を、極地においても感じていられるようなフラットな状態を生みだす建築を創り上げることが肝要だろうと思いますね。

    想像の範囲でのことですが、南極の極夜に接することで、ある種の感覚が「立ち」すぎるんじゃないか。それは、長期間続くと、身体にとって負担になったりするんじゃないかとふと思いました。

村上 南極から日本に帰ってきて、暑いだのなんだのと、いろんな感覚を覚えましたが、とにかく音がうるさいんですよ。スーパーに入れば野菜コーナーで「きのこのうた」みたいなのが流れてるし、電気屋さんでは宣伝放送が垂れ流され、エスカレーターでも子どもに注意を促すアナウンスが……。一時、そういうことが負担になって、頭痛がし、スーパーに行けなくなるほど気持ち悪くなりました。だから、僕の場合は、日本に戻ってきたときの感覚のほうが、負担に思えるわけです。

平本 うーん。話を少し脱線させますが、極地建築を築くときに、音をどう捉えればいいのだろうという疑問があります。人の環境への順応性を前提にして、建築物自体も音に対しフォローする設計にしなければいけないのか。

村上 宇宙ステーションにおいても音の問題は大きいようで、あそこは空調などの機械音がずっとしている環境です。宇宙飛行士にはこれが大変な負担だそうです。だから、音対策は住環境にとっても重要な課題であると言えます。

    比較するのに好い例として、臭いの問題があります。笑い話ですが、アポロが帰還して海に落ちたあとダイバーが助けに行くと、スペースシャトルのなかが臭くて失神しそうになったとか。ならば当然、臭いについても対策が取られているものと思いますよね。ですが、何も対策をしていないそうなんです。臭いは慣れてしまうそうで、けど音はそうじゃない。このことから類推していいかわかりませんが、ひょっとしたら、音に関しては、人は違う環境に慣れにくいのかもしれない。

1 2 3 4 5 6 7 8 9