<『AKIRA』とお経から体感する>
高谷 篠山紀信さんとのお仕事は長いんですか?
僕は被災地を撮影した『ATOKATA』の映像を流しながら演奏しているYouTubeの映像がいいなと思って。その中の篠山さんのコメントからも平本さんとの信頼関係をすごく感じました。
平本 初めて篠山さんにお会いしたのは20歳の時で、そのとき僕は金森穣さんという振付家が作ったダンス作品の音楽を担当していたんです。その舞台に篠山さんが撮影にいらしていて、終演後に「音楽がよかった」と篠山さんの方から話しかけてくださったんです。
それから2年後くらいに色々と曲もたまってきたのでCDに入れて篠山さんに送ったら、「すごく合う作品があるから事務所に来てくれ」と呼ばれました。
そこからが衝撃だったんです。篠山さんの作品のことなど少しも知らないで作った曲が、篠山さんの写真と見事に合っていて、ビックリしました。こんなことがあるんだと思ったのを今でも覚えています。驚きすぎて無言になってしまうくらい(笑)。それから参加させてもらっています。
不思議なのが、もちろん篠山さんの作品のために書き下ろした曲も沢山あるんですが、僕が勝手に作って篠山さんに聴かせたら驚くほどに篠山さんの作品と合ったということが、そのあとも何回もありました。
(右:平本がはじめて音楽を担当した篠山紀信作品『クライハダカ』)
高谷 感性が近い?
平本 篠山さんとは43歳離れているんですが、クリエイティブの現場ではそんなことはこれっぽっちも感じたことがないですね。
高谷 すごいですね。
平本 同世代でシンパシーがあるとかは分かるんですが、そうでないのに面白さを共有できるのは不思議な興奮があります。ドキッとさせられることもしばしばですし。
高谷 平本さんはジャンルでいうと現代音楽とか電子音楽に分けられると思うんですが、どういった経緯でそちらにいかれたんですか?
平本 そのきっかけは映画『AKIRA』なんですよ。
高谷 そうなんですか。
平本 以前高谷さんも青森で高校生の時に『AKIRA』のサントラ聴いてびっくりしたと話されていましたけど、僕も高校3年生の時に遅ればせながら『AKIRA』を知ってマンガ買って、映画のビデオを借りてきて見たらスゴイ!と思って。
作曲始めてから高校生の時だと5年くらい経っていたんですが、そのときは作曲するとなるとシンセサイザーに打ち込んだり、五線譜に書いたりしていたんですが、4分の4拍子とか8分の6拍子とかの拍とか和音構造になんか違和感があったんです。なんでその中にはめ込まなきゃいけないんだろうとずっと思っていて。
それを解決する最初のきっかけを与えてくれたのが、『AKIRA』のサントラのお経なんです。トラックタイトルは「唱名」だったかな。
(右:芸能山城組による映画『AKIRA』のサウンドトラック)
高谷 なるほど。
平本 唱名とかお経って大人数で唱えると音の小さなズレがいくつも起こって、声の固まりがうねるような響きになりますよね。拍もないし、五線譜でもない、音程も明確に定まっていないからここに可能性があるんじゃないかと思ったんです。それで毎日『AKIRA』のサントラを聴いていました。
高谷 そこに何かがあると?
平本 そうなんです。そこに何かあることはわかるんですけど、何かは分からない。それを知りたくて何度も聴いているという感じでした。それで、大学に入って現代音楽をちゃんと聴き始めたら、映画『2001年宇宙の旅』のサントラでジョルジュ・リゲティの音楽に出会ったんです。これだ!と思いました。
高谷 ストーリーがあるなあ。
平本 それはもう聴いた時に「これだ!AKIRAとつながった!」と思いました。拍やメロディや和音ではなく、音の固まりをどう展開していくかという音楽。そういう音楽をやりたいと思って、現代音楽や電子音楽を始めたんです。
作曲をし始めて、1年くらいで引っかかりを感じだしたんですよ。何でこんな型にはまったことをしなくてはいけないんだろうって。
高谷 お経にかぶれるときって僕にもありました。21、22の頃、飲食をガッツリやろうと思って昔働いていた高円寺の店に入る前に、1週間くらい休みもらって1人で真言宗の高野山総本山に行ったんです。密教の中に何かあるんじゃないかと思って。本なんかも読みました。それで山に1晩泊まってみようと思ったんですけど、夕方くらいでもう真っ暗で早々に下山して俗世にまみれました(笑)。こりゃ無理だなっつって(笑)。
お経って自分が悟るまでの方法が書いてある、その過程とかが書いてあるんで平本さんがお経を聴いて感じたというのは、まさにそれを体感したんでしょうね。
平本 そのお経をはじめて聴いた後に、宗教音楽全般にはまったんですよ。大学入ってすぐの時に、ギリシャ正教会とかチベット密教とかで使われている音楽ですね。
宗教自体には興味はなかったんですが、宗教音楽の効果ってすごいんです。簡単な例だと、1400年末頃スペインやポルトガルのあるイベリア半島ってイスラム勢力からキリスト勢力に戻ったんですよ、レコンキスタっていうんですが。それでそのとき、ルネサンス期と同時期だったこともありますが、キリスト教の力を広めるのに美しい音楽が使われるんです。トマス・ルイス・デ・ヴィクトリアという作曲家なんですが、ものすごく美しい曲を書くんです。
高谷 それはすごく分かります。こと細かく宗教を説明するより、音楽とかで共通体験をさせた方が話が早いですよね。
平本 そうなんです。さっきのプロデュースの話に繋がるんですけど、宗教が先になるのでプロデュースの力は持っているんですよ。ただ、プロデュースだけだと「もの」がないので広い地域ではどうにもならない。つまり、当たり前なのですが、ものの力があってはじめてプロデュースの力が生きてくる。「このいい曲はなんだろう?」「キリスト教の曲なんだ!」となるとスッと行く。
高谷 ちょうどいい感じにさっきの話に戻りますね。僕も日本酒を広めたかったら、それに合う旨いものを広めるというのが早いんですね。旨いものを食べるのが嫌いな人っていないですから。いい音楽もそうですが、感覚的に気持ちいいというところで細かい説明を省けるというか。難しいことを言うよりは、それを感じられるものを広める方がいいスタートですよね。
平本 いくらいい音楽ですよ、いい日本酒ですよ、美味しい食事ですよといっても、百聞は一見にしかずでひと聴き、ひと口食べたらわかりますからね。だからこそ、それだけで終わらせない工夫も大事ですよね。
高谷 入り口を広く作ってあげることで入りやすくなる。入った人はそこから先の深いところを目指せばいいので。入り口という意味では、旨いものや音楽は力がありますよね。
平本 ありますね! 旨いもの嫌いな人いないですし。
高谷 本当ですよ。これに出会えて自分はラッキーです。