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東京を巡る対談 月一更新

高谷謙一(「にほん酒や」店長・飲食店経営者)× 平本正宏 対談 旨いものこそ生きる糧

<時間をかけて味わうことで見えること>

平本 ちょっと話題を変えまして、料理やメニュー決めは高谷さんがされているんですか?

高谷 いま料理はほぼトモ(前田朋)が作っていて、シュウ(周藤光司)もいて、基本的には僕が何もしなくても回れたらいいなあというのがあるんです。

平本 最初は高谷さんが作っていたんですか?

高谷 最初は作っていました。最初は僕1人だったんです。その後シュウが入ってきて2人になり、忙しくなったのでもう1人。そこでトモが入ってきてくれて、2人ともすごく優秀なので基本的にはあの2人が気持ち良く出来る環境を作れれば自分としてはオッケーです。すぐに口を出してしまうのは治さなくてはと思っています(笑)。

平本 メニューを考えているのは?

高谷 朝の仕入れをトモに伝えて、そこで考えて返ってきたメニューのバランスを見て自分が付け足すって感じです。揚げものや温かい料理を足したり、洋の料理を加えたりという。でも本当に彼は日本酒も料理も好きで毎日2つは新しいメニューを考えてきます。だからこそ今の店のスタイルができていると思います。

平本 日本酒を選ぶのは? 毎日違いがありますよね?

高谷 日本酒を選ぶのは僕です。毎日違うように見えますが、ここ1年半は決まった銘柄でその中のスペック違いをその場に合わせて提供しています。

昔はお酒を飲みに行くと、飲んだことのないお酒をなるべく飲んでいました。それは楽しいし、このお酒はこんな味なんだと知れるのですが、ある時「これって本当にわかっているのかな」と思ったんです。1口2口飲んだだけじゃ、よっぽどセンスのいい人や舌の優れている人じゃないと分からないなと。

だからもっと一つのお酒を1年とか長い期間かけて飲んでもらえるような店にしたいなと思って今のスタイルにしました。あのお店に行けば、このお酒が飲める。春に飲んだお酒と秋に飲んだお酒は同じお酒なのに、熟成されることで味わいが変わってくるとか、そういうことを感じてもらえる店の方がいいなと思って。

ただずっと同じだと自分たちも飽きてしまうので、合わせる料理の方を毎日変えることで常にフレッシュでいれるようにしています。

平本 確かに1回で分かるなんてことはないですね。

高谷 ないですよ。ラーメン屋さんだって好きで通っていると微妙に毎日味が違うなというのがあるじゃないですか。それも楽しんでいただけるようにしたいです。一期一会の自然な違いですね。

例えば「風の森」という一つの名前で色んな味わいがあります。色々な「風の森」を飲んでいただいて、作ってる人や酒蔵への興味をもっていただけたら嬉しいです。

ミュージシャンも一つのアルバムだけではわからないですよね。

(右:にほん酒やで飲むことのできる沢山の種類の「風の森」)

平本 分からないですよ。さっきの一つのお酒に長い期間付き合うという話が音楽にもあって、すごく好きになった曲って1カ月くらいヘビーローテーションして聞き込みますよね。細かく聴いてみたりとかして、研究してみたりもして。

で、半年とか1年後に改めて聴き直してみると、新しい発見があるんですよ。はじめ聴き込んでいた時には気付かなかったような細かな点に気付いたり。

高谷 それは対象を変えてしまうと気付かないですね。一つの対象があって、時間の変わっていく中でその対象を中心にみるから違いや発見があるのだと思います。

平本 一つに対象を絞ることで、いろいろな視点を持てると言うことですね。

高谷 常に同じ銘柄を飲んでいるから、常に1人のミュージシャンを聴いているから、変化に気づける。そういうことを感じていただきたいな。というのが僕のわがままとしてあるんです。そこから酒蔵さんにとってもより良い形でお客さんをつなげると思います。

平本 こっちも人生かけていますからね。1日2日でわかってたまるかみたいなのがありますよね(笑)。

高谷さんがそういうことに気付いたのはいつくらいですか?

高谷 最近です(笑)。

平本 「にほん酒や」を始めたくらいですか?

高谷 そうですね。色んな人と会うのは限界があるなと思ったんです。有り難いことに色々な人と会っていく中で全員と深い関係になることはあり得ないわけで、それなら今好きな人やものとより深いところで繋がれたらと思って、あまり手を広げずにやろうと思い始めたんです。そう思い始めて1年半くらいですかね。

八方美人ではダメだなと。基本的にはオープンなので自分から閉ざすことはないですが、自分から沢山のところに行くこともない。来る分には有り難いことなので。

平本 深い仲になる人って自然となっていくじゃないですか。別に仲良くなってやろうと思わず、いつの間にか接している時間が長かったりして。

高谷 会っていなくても仲がいいとかもありますけど、基本的には一緒に共有した時間の長さが一番大きいと思います。それは沢山の人と出来ることではないので、自分としては積み重ねて行きたいんです。そういう意味では少しずつ狭くなってきているかもしれませんね。

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