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東京を巡る対談 月一更新

ヤマザキマリ(漫画家)×平本正宏 対談 時代を行き交う透視図法



<音楽を聴きながらマンガを書く>

平本 マリさんにとってマンガ書くっていうのはどういうことですか?

ヤマザキ マンガだけでなくてもいいんですよ。文章も好きだし、楽器もできるし、絵だけでもいいし。でも、マンガって言うのは簡単に撮れる映画みたいなもんなんですね。脚本もカメラワークもキャスティングも全部やらなきゃいけないけど、色々なものを総合的に駆使してできる手っ取り早い形がマンガですよね。だから2次元の映画なんですよ。

平本 ということは、いつもそういう映画を作るような感覚で書いているということですか?

ヤマザキ そうそう。だから、自分の中で映像化されている。たとえばカメラ持っていて、俳優とか使えるんだったら、映画になっているかもしれない。

平本 じゃあ、映画監督もできる感じですか?

ヤマザキ それは大変そうだし、またそれはそれで違う事だと思うのだけど、でも近い感覚でやっていることは確かですね。たくさん映画見て来たことも大きいと思いますし。漫画家でありながらマンガをそんなに読まないんですよ。昔のマンガは読むけど最近のマンガはあまり読んでいなくて。だから、そういう知識より、音楽とか聴いていて出てくるイメージの方が大きいんですよ。『ジャコモ・フォスカリ』なんかも音楽聴きながら書いています。

そうそう、うちの親が音楽家だったじゃない?

平本 ビオラ奏者ですよね?

ヤマザキ そう。でね、小さい頃、お留守番をさせておくと家の中がしっちゃかめっちゃかになるから、うちの母は無理矢理コンサート会場に連れて行くんですよ。で、一番前の席に座らせるわけ。その模様は来月号の「クレア」に出るけど。それで、ビオラを弾きながら指揮者を見ないで私たちの方ばかり見ているの(笑)。私たちがペチャクチャやっていると、すごい顔でこっちを見るわけ。

小さい頃、聴きたくないじゃん、シベリウスとかショスタコービッチとか。

平本 それは聴きたくないですよね、子供には楽しくないと思うし(笑)。

ヤマザキ いっつも「ピーターと狼」とかやってくれればいいけどさ。いつも退屈で、また始まったよと。

で、これはどこでもしゃべっていないんだけど、あそこで何を私が鍛えられたかというと、それが結構重要な経験だなと思っていて。実はあのコンサートの立ち会いでものすごい想像癖がついたと思ってるんです。音楽を聴きながら、演奏された音に想像を当てはめていくの。いまは怖いおじさんが出て来たとか、雷が鳴ったとか。そこで、バックミュージックから想像するというのが癖としてつくようになって。

それでマンガ書くときも絶対に音楽をつけないと書けない。ネームのときは集中しなきゃだから消すけど、元々の話を作るときは音楽をかけてる。ただ、音楽を聴いているだけのときでも、絶対に何かイメージしているんですよ。だから歌詞が入った曲より、クラシックとかジャズとか、インストゥルメンタル系の曲が多いですよね。

平本 『テルマエ・ロマエ』の時はどんな曲を聴いていたんですか?

ヤマザキ 『テルマエ』のときは特にって言うものは無かったと思います。リスボンでクラシック系のラジオをつけっぱなしにしていたかな。あとね、『ローマ』っていうHBOとBBCが共同制作したドラマがあるんですけど、それのサントラはかけると盛り上がったですね。

平本 じゃあ、常に音楽と共にマンガがあるんですね。

ヤマザキ そうですね。『ジャコモ・フォスカリ』はマーラーの交響曲第5番第4楽章ですし。

平本 ああ、そうですよね、ショルティ指揮のシカゴ響の演奏で?

ヤマザキ そうそう(笑)、もちろん、もちろん。


ショルティ指揮 シカゴ交響楽団 マーラー交響曲第五番(1970年録音)

平本 あのレコーディングはなんであんな熱くて深い吐息のような音が出るんですかねえ。

ヤマザキ あれすごいよね、伝説的な演奏だよね。

平本 最初のストリングスのヌメーって入ってくるところなんかもうすごくて、最初から鳥肌もんですよね。あれって70年の録音と90年の録音があるんですけど、90年の方は結構あっさりしているんですよ。ショルティが亡くなったのが97年なんで、指揮者としては晩年になるんですが。やっぱり若い、といっても1970年にショルティは58歳ですが、そのときの方がパワーがあったんだなと。

ヤマザキ やっぱりね、死ぬ前っていうのは何かあるんでしょう。作家も画家も作風ががらっと変わったりするじゃない。

平本 じゃあ、この『ジャコモ・フォスカリ』にはショルティのマーラーの音が入っているんですね。

ヤマザキ 入っている、入っている。だから自分で読んでいると自然に脳内BGMが流れる。

平本 全部ショルティってわけじゃないですよね?

ヤマザキ 安部公房のシーンは、ピンク・フロイドだったり、安部公房が自作したへんてこりんな電子音楽だったり。

平本 安部公房ってシンセサイザー大好きなんですけど、決して音作りとかが上手いわけじゃないんですよね。

ヤマザキ それがかわいらしいのよ(笑)。

平本 NHKのインタビューかなんかで自分のお気に入りの音を鳴らしてみたりするんですけどね(笑)。

ヤマザキ 安部公房、自分でイラストも描いたりするんだけどね。奥さんの安部真知さんは画家だけど、自分でも『方舟さくら丸』の中に書いたりしているんですよ。それもね、電子音楽と一緒で、ちょっとがんばっている感じ。私、本当に好きなのよ、安部公房っていう人が。魅力的な変人。

そうそう、それで編集者に音楽的な背景を別サイトで紹介したりしませんかって言われて、そのときはそれほど意識していなかったけど、確かに今こうしてしゃべってみるとそれもいいかもしれない。音楽かけて描いているわけだから。

平本 それは結構面白いんじゃないですか。明確な曲名も出ているようですし、『ジャコモ・フォスカリ』を巡る音楽っていうのがどういう音楽か、ファンとしては興味あります。

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