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東京を巡る対談 月一更新

苅部直(政治学者)×平本正宏 対談 80年代の自由が背中を押してくれて

<80年代はジョン・ゾーン>

平本 話を少し変えまして、折角音楽レーベルの対談なので音楽のお話も伺いたいと思っています。対談の冒頭にも話しましたが、以前神保町でお酒をご一緒した帰りのタクシーでジョン・ゾーンの話をしましたが。音楽に対してどのようにお考えですか。学生時代はチェロも演奏されていたそうですが。

苅部 大学生活を送っていた80年代が、ちょうど音楽的に面白い時期だったんですね。その中でジョン・ゾーンも聴いていた。高橋悠治さんが一種の全盛期で、坂本龍一と共著を出したり、和楽器の人などといろいろなコラボレーションを試みていたのを追っかけていましたね。僕の場合はいわゆるセゾン文化よりも少しアングラ志向で、当時はアルタの裏にあった新宿ピットインで、高橋悠治さんと、亡くなったドラマーの富樫雅彦がジョイントライブをやったのを聴きに行ったり。そういう前衛趣味があったので、クラシックでもモーツァルトとかベートーヴェンとかは、かっこう悪いと思って聴かず、やっぱりマーラーだとかね(笑)。若かったせいもあるでしょうね。いまはベートーヴェンとか好きですよ(笑)。

平本 20代にそういうのが必ずありますよね(笑)。僕も学生時代はいまの何百倍もぎゃーぎゃー言っていました。あれがイヤだの、これは格好悪いだの。前衛、アングラを聴くようになったきっかけはどういうものなんですか?

苅部 周りに好きな人が結構多かったんです。

平本 社会現象的にそういうアヴァンギャルドなものがあったんですか?

苅部 80年代の雰囲気については、香山リカさんが『ポケットに80年代がいっぱい』という回想記で詳しく書かれています。香山さんは僕より少し年上ですし、ずっとおしゃれで最先端のものを観たり聴いたりされていますが、同じような空気を吸っていたと思います。僕の場合、もっとも熱心にライブなどに通ったのは、むしろ80年代末から90年代はじめのころなので、80年代文化のエネルギーはだいぶ減ってきていた時期ですけど、それはそれでいいなと感じていました。

平本 そうですか。でも、僕らの世代からしたら、生で聴いていた人たちは羨ましいと感じますね。どれも話でしか聞けないですから。

苅部 もし仮にいま聴いたら、大したことないと思うような気もしますよ(笑)。

平本 ははは(笑)。一度編集者の人と話した時に80年代の記録というのが現在本当に無い、それ以降だと、データとして残り始めるのだけどとおっしゃっていました。あの時期は色んな人が面白い事をしたり、その人同士がコラボレーションしていたりしたようですし。

苅部 あの頃はまだパソコンにすべてを記録してストックできた時代じゃないですから、どうしても消えてしまうんですね。

平本 話で聞くものだけだと、渇望感があって、どうしても接してみたいというのはありますね。

苅部 僕にしても、高橋悠治さんについては、ある意味一番メジャーな活動だった水牛楽団の時期には接していないんですね。それが終わったあとに聴きに行き始めたから。

平本 今はどんな音楽を聴いていらっしゃるんですか?

苅部 今はね、ふだん音楽聴かなくなっちゃったんですね。平本さんが送ってくれたCDをかけて見るとか、それくらい。子供が赤ん坊だったとき、狭いマンションの部屋で音楽をかけると起きてしまったりするので、それですっかり、聴かない習慣になってしまった。

平本 じゃあもう日常の中ではあまり音楽に意識はしていないですか?

苅部 意識していないですね。

平本 研究室で聴くということもしていないですか?

苅部 前から研究室で聴けるようにしようとは思っているんですけど、実行していない。

平本 そうですか。あの、聴きながら執筆は出来ますか?

苅部 昔ならできたのですが、いまはちょっとやりにくいですね。聴きながら本を読むのもつらいくらい。研究室に導入していないのも、半分はそのせいがあります。

平本 人によりますよね。聴きながらじゃないと書けない、読めないという人もいますし。

苅部 僕自身、以前はそうだったのでよくわかりますね。今は無理じゃないかな。歳を取るにつれて集中力がなくなってきたので(笑)。聴きながら仕事をしているときは、実際には両方を並行しているわけではなくて、その時々で意識が仕事の方に集中したり、音楽に集中したりしているんですね。中年になってくると、その集中の切りかえができにくくなる気がします。

平本 なるほど。若い頃に音楽を聴きながら執筆や読書をされていたのは、流している音楽があくまで空間に漂うものでしかなくて、そこに集中力を向けていた訳ではないんですね。

苅部 特に買ってきたばかりのCDは、仕事中にはかけられないですね。すでに知っているものをかけていないと、どうしても仕事の邪魔になってしまう。

平本 音楽の構成や展開を知っていないとかけられないということですね。

苅部 それでも、不思議とラジオは大丈夫なんですよね。自分が選んだものではないから聞き流していいと思っているのかも。

平本 そうなんですね。僕はやっぱり音楽を作っていると、全く駄目なんですよ。聴きながら書いたりするという事が昔から駄目なんですよね。だから逆に、そうじゃない人がどうやって、どういう意識でながらで音楽と接しているのか結構気になるんです。

苅部 静かな環境でなければ物が書けないということはないんだけれど、本当に興味があってじっくり聴きたい音楽は、やっぱり一緒にはかけられないですよね。

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