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東京を巡る対談 月一更新

若林幹夫(社会学者)×平本正宏 対談 未来の遺跡TOKYOから見えるもの

<ハリウッド音楽的になる街>

平本 ちょっと話は変わりますが、この前映画音楽を作ったこともあって、色々な映画音楽を聴き直していたんです。それで、僕、ハリウッド映画の音楽ってちょっとつまらないなとずっと思っていたんです。どの映画も、激しいバトルのシーンになるとオルフの「カルミナ・ブラーナ」みたいな曲が流れますし、事件が起き始めるときにはコントラバスが鳴り、静寂ではグレゴリオ聖歌みたいな歌やピアノ、といった風に定型化されていて、どの映画見ても同じ曲に聴こえる。

そうしたら、たまたまバットマンシリーズの映画『ダークナイト』のメイキングで、音楽制作のメイキングがあったんですが、音楽の作り方がとても面白かった。作曲家はハンス・ジマーという人で、『レインマン』の音楽や、『ラストエンペラー』のプログラミングをした人なんですが。

音楽の作り方は、各キャラクターにそれぞれを象徴する音を当てはめていくんですが、もうメロディは全く考えていないんです。強烈な個性を持った音を作って、その音が鳴った瞬間に見ている人が、だれが登場するか、誰が関係しているのかわかるようにする。ワーグナーのライトモチーフ的な考え方なんですが、瞬発力が命で、そこに対する神経の注ぎ方がものすごいんです。結局、管楽器の低音が鳴ったらバットマン、チェロの高音のポルタメントが鳴ったらジョーカーという風になるんですが、バットマンのテーマはレとファのみを使ったメロディ、ジョーカーのテーマに至ってはメロディはありません。

そのときに、映画音楽がもうハリウッドでは、映像との同期を追求するあまりに、時間的刺激を拒否して、瞬間的刺激のみを積み重ねているんだと気づきました。映画が盛り上がって、お客さんが音楽でその世界観とより密接になることが、音楽の最大の要素になっているんです。

それで、今日ショッピングモールを見ていて、そのことを思い出したんです。もう、この街は、何かを自分の力で探して、手に入れるっていうことは無く、来た人全員が、見た瞬間にどこに何があるかわかるようになっている。小道を進んでいくと、小さな雑貨屋さんがあったりなんてことは無いわけです。すごくハリウッド音楽的な街だなと。

若林 それは面白い話ですね。つまり、街に馴染んでいく過程は無くていいっていうことですね。映画でいえば、最初何分かのバットマンが出てきて、ジョーカーが出てくるところを見ていれば、もうそれで身体が反応するようになるということですよね。ショッピングセンターやショッピングモールもまさにそういう感じだと思います。つまり、「ヴィーナスフォート、俺も大分良くわかってきたな!」なんてことは無いわけですよね。で、モールはテナントの入れ替えが激しいので、わかってきたときにはお店の配置が変わってしまう。そうすると要するに、誰が行ってもわかるような、でもわかり過ぎないような。お店を歩いて外から「あ、あそこに!」っていうことがわかる必要がある空間ですよね。

ケヴィン・リンチって知っていますか? 建築家で『都市のイメージ』という本を書いているのですが、その本のなかで、都市にはイメージ・アビリティが重要だと。イメージ・アビリティっていうのはイメージしやすさなんですよ。それが高い都市が良い都市だと言っていて、いまショッピングセンターについての本を、僕より若い社会学者の南後由和さん、田中大介さん、楠田恵美さんと作っているのですが、南後さんがその本の中でショッピングセンターはこのイメージ・アビリティが高いということを書いてます。


(ケヴィン・リンチ著『都市のイメージ』)

ショッピングセンターはケヴィン・リンチが提唱する良い都市の条件をクリアしているというわけです。わかりやすくて、イメージしやすい。でも、イメージしやすすぎる都市って、そもそも都市じゃないんじゃないかって。

平本 なるほど。そういったことって、映画だったり、演劇だったり、作られた空間でしかおきませんよね。

若林 でも、作られた空間でも、映画や演劇だと物語としての謎を残しておいて、あそこは何なんだろうってものが最後に向かって紐解かれるでしょ? でも、ショッピングセンターってそういうことは無くて、ディズニーランドと同じ空間であのアトラクションがなんだか良くわからないっていうことは無いんです。街だと謎の店や謎の人がありますけど。

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