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東京を巡る対談 月一更新

小㞍健太(ダンサー/振付家)× 平本正宏 対談 研ぎ澄まされた経験的感覚—探り、踊る



<「できる動き/できない動き」>

平本 それでいよいよNDT1に入るんですよね。小㞍さんはオランダで歴史ある最高位のNDT1に入った初めての日本人男性です。

小㞍 ユースカンパニーのNDT2に、いままで日本人の男性で所属したのはほかに2人しかいない。金森穣さんと、大植真太郎さん。数人の日本人女性以外、ほとんど東洋人はいなかった。

平本 NDT1にいた期間は?

小㞍 2006年から2010年ですね。

NDTにいたあいだ、キリアンがだんだん新作を振り付けなくなって、芸術監督がアンダーシュ・ヘルストロームになってからは、ゲスト・コレオグラファーの作品を踊る機会が増えました。たとえば、もう1人の常任振付家ポール・ライトフット、クリスタル・パイト、ウィリアム・フォーサイス、マッツ・エック、Wayne McGregorなど。Wayneは、レディオヘッド「ロータス・フラワー」のPVでトム・ヨークの振付をした人で、英国ロイヤル・バレエ団の常任振付家でもあります。クラシック・バレエを一切やってきていない人だけど、発想がとてもユニークでシャープ。

平本 NDTでは、キリアンだけでなく、いろんな振付家の作品で踊っていたと。

小㞍 忙しかったよ、身体を動かすまえに考えかたを変えないといけないから。ゲストで来る振付家の特有の動きを覚えたいし、身体の異なる使いかたを感じたい。でも、あまりにも公演とリハーサルで忙しくなってくると、疲れに負けていつもの自分の動きに戻ってしまう。せっかくその振付家から直接指導が受けられて、作品を踊れているのに……ジレンマです。

クリスタル・パイトの作品は、新作を3回やったんですが、3回めでやっと「彼女のダンススタイルを自分がしてる」と思えるまでになりました。

平本 振付家が替わるということは、ダンサーにとっては試練と言えそうだなぁ。

小㞍 試練と捉える人もいれば、いつも自分を前面に出して踊る人もいる。
ダンススタイルが強いダンサーは、むしろ振付家の方で「こういうキャラクターで踊らせよう」というモチベーションがあったりもするから、どの作品でも同じような印象になることがありますね。振付家の要求がどこにあるかによるけれど、僕は、振付家ごとに違うダンススタイルを身につけられたらと思っています。

平本 音楽の話と関連させると、新作しか演奏しないというオーケストラは存在しないですよね。オーケストラは、モーツアルトとかベートーヴェンとか、そういう古典をやって、そのうえでやっと年に1回新作をするかしないか。そこはコンテンポラリー・ダンスと対照的。毎回新作と向き合うなかで、身体管理も大変だろうけど、モチベーションをどうやって保っているのか気になるところです。

小㞍 モチベーションを上げるのは、最低限やらなければならないこと。見ていて好きな動きというのはあって、それがモチベーションになることはあります。ただ、その動きを実際にできるかどうかは別問題。スーパー・ヨガみたいなことはやっぱりできないし。「できる動き/できない動き」の見極めはすごく重要。

モナコへ行ってからNDTを出るまでの12年間で、その見極めができるようになった。好きな振付家が自分の動きを認めてくれることで、自信がついてきたんだろうなぁ。

キリアンの作品がずっと踊りたくて、それが達成されて、それでももっと彼とクリエーションがしたいと思っていた矢先にキリアンがNDTを辞めると表明した。急に求めていたものがなくなってしまった。「キリアンとのクリエーションで満たされた気持ちを超えるものは得られないだろう」という気持ちを抱えてカンパニーに残るわけにもいかないから、とりあえずカンパニーを離れて、これから自分が何をしたいのか、何ができるのかを探すためにフリーランス活動を挑戦してみようと思いました。

平本 好きな作品はいっぱい出てくるものだけど、そんなふうに自分がすべてを注ぎたいと思える人ってなかなかいないよね。

小㞍 そうなんだよね。

平本 ヨーロッパに行ってからフリーになるまでの間で一番印象に残っている瞬間ってどんなのですか。

小㞍 やっぱり18歳の時に初めてモナコに着いた時かな。今ここからすべてが始まるんだ、って未知なる世界に飛び込んでいく感じだった。言葉も分からないし、友人もいない。本当にゼロからのスタートだったけれど、やっとたどりつけたことが嬉しくてしょうがなかった!

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