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東京を巡る対談 月一更新

ヲノサトル(音楽家)× 平本正宏 対談 コミュニケーション好きの音楽

<先生業の面白さと主夫業>

平本 その、重要な30代を経て、40代から今はどんな感じですか? ヲノサトル史もいよいよ現代に追いついてきました。

ヲノ 今にして思えば、30代の後半で、ひょんな事から多摩美術大学に就職したのがやはり大きな転機だったね。先生業は「IMI」という関西のアートスクールみたいなところでもやってて、それがとても面白かったんだよね。そこの教え子はだいたい社会人とか大人だったから、授業の後は毎回呑みに行くし、すごく仲良くなって。

平本 僕の知り合いでも、実はヲノさんのIMIの学生っていますよ。

ヲノ マジで。誰?

平本 対談終わったら、お伝えします(笑)。多摩美の話を!

ヲノ それでは(笑)。それまでは、ものを作る人間として「人に教えるぐらいなら自分で作るよ!」っていう感覚が強かったんだけど、先生業は教えるだけじゃなくて、逆に勉強になるんだなってのを肌で感じて。その後は色々あって、そのIMIでご一緒させていただいた批評家の伊藤俊治さんや高橋周平さん、写真家の港千尋さんといった大先輩のいる多摩美に、まあ引き抜かれたというか。

美大で音楽を教えるってのは本当に面白くて、音大の作曲学生が譜面で考えるようなものとは全くちがうことを発明してくる学生がいたりね、僕自身がものすごく自由になれたんだよね。というか今も「教える」って意識はあんまりなくて、少人数のゼミはワークショップ、大人数の講義はライヴ・パフォーマンスのノリで、思いっきり「演じて」ますね(笑)。

平本 そういう感じの講義なんですね。結構ツイッターでも講義準備の様子やその日の講義のまとめをツイートされていて、それ見るだけでも面白そうだなと思っていました。ヲノさんの授業受けに行こうかなー。

ヲノ しかし40代の大きな転機はなんと言っても、息子が生まれたことと、彼が3歳の時に妻が突然亡くなったことだよね。父子家庭の育児生活に突入したのは人生最大の出来事で、まあ、それは今も続いているわけですが、生活の形が激変しました。とにかく家を空けるわけにいかないので、夜の外出もほとんどしなくなったし。ライヴ活動も、以前から続けている「ブラックベルベッツ」以外、ほとんどやめちゃった。それで、twitterとかで育児とか弁当制作の事をつぶやいて憂さ晴らしするという、典型的な主夫の生活(笑)、大学の仕事は別としてね。

何年かたって、子どもが少し手がかからなくなってきたので、そろそろ動いてみるかと。たまたま知人に紹介されたのが西麻布の新世界という、できたばかりのお店で。そこで、自分が座長となって主宰するライヴを数年ぶりに企画したんだよね。2011年の3月に。そしたら公演の数日前に、あの震災が起きたわけですよ。

平本 あの日は、僕も音楽を担当したバレエの公演を翌日に控えて劇場入りするところで地震が来て。鮮明に覚えています。

ヲノ 震災の直後はまだ1日に何度も余震があって。計画停電とかあって、東京という街じたい、開店休業状態だったじゃないですか。夜の街は「自粛」と称して真っ暗で。

平本 街から音が無くなりましたからね。とても静かだった。

ヲノ ライヴとか催し物はのきなみキャンセルになってたでしょう。僕もメンバー集めてリハーサルはしてみたものの、「これは…できないかな」って、いったんあきらめて。お店に「すみません、今回はやはり無理で…」と電話したら、お店も「しょうがないですよね…」と暗い声で。

でもその後なんとも気分が悪くて。TVでもネットでも暗いニュースばかり流れてくるし、どんどん気分がダークサイドに行っちゃうじゃないですか。それで、やっぱり音楽をやるか!お客さん1人も来なくてもやっちゃうか!と、思い直したのね。お店も「そうですよね!やりましょう!」とすごく嬉しそうで。そしたら、急になんか楽しくなってきちゃった。いやあの大惨事の中で「楽しい」なんて不謹慎なんですけど。被災者とか、他人に何かするっていうより、とにかく自分が元気になるために。

電車も止まってたりしたから、来たくても来られない人にも届けたくて、仲間に手伝ってもらってUstreamでも完全中継したんだけど。フタを開けてみたら、お客さんも意外に大勢来てくれた。ライヴ中も余震があったりして、変な喩えだけど、爆弾がふりそそぐ戦争中の防空壕で音楽をやってるみたいな、不思議な一体感があった。

そのライヴは映像チームに撮ってもらって、即編集して、翌々日ぐらいにはネットにアップしたりして(http://www.youtube.com/watch?v=Mp1E0_a2_ck)。あと発表するアテもなく録っていた「Fragile」というオリジナル曲があったので、「今、音楽を流さなくてどうする?」と思い立って、それもYou Tubeに上げたりして(www.youtube.com/watch?v=RzDNKYNmZpI)。そういったものにネットで感想をいただいたりして手応えを感じるのと、それまで育児生活しながらtwitterで見ず知らずの人と交流してきたコミュニケーションのリアリティが、自分の中でクロスした。オン/オフを超えたリアリティみたいな。新しい風をはっきり感じたんだよね。

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