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東京を巡る対談 月一更新

束芋(現代美術家)×平本正宏 対談 日常の中の「隠れた衝動」を引き出す

<ロンドンで一緒に生活したブラジル人たち>

平本 束芋さん自身は、いまのスタイルで作品を作り始めてどれくらい経つの?

束芋 1999年に賞をとった作品が、一応、処女作とすると、今2013年だから14年か。おおー、なかなか(笑)。

平本 どうですか、14年間?

束芋 あっという間(笑)。制作に対する姿勢は、ほとんど変わっていないかな。自分の中ですごく大きな変化は一度あったのだけど、それはその前の段階を否定するものではなかった。2004年に1年間ロンドンに行って帰ってきたときのことなんだけど、立ち位置というか、自分が見ているものとの関係が今までと違うものになっていった。

平本 その変化っていうのはロンドンで何か経験したから?

束芋 あのね、ロンドンで何も経験しなかったの(笑)。英会話とかも途中であきらめて、デザイン事務所に通わせてもらっていたのだけど、それもあきらめて。元々の渡英の目的だった「グラフィックデザイナーの仕事」自体をあきらめた。だから、その1年間っていうのは色々なことをあきらめる年というか、「あれもできるんじゃないか、これもできるんじゃないか」と思っていたことを「いやいや、あんたできひんよ」って言われた感じで、結局何もしなかった。

で、半年間くらいは本当にボーッと生活していて。助成金貰って行っていたので、何かしないとと思うべきところなのだけど、私の場合は、ルームシェアしていた子たちとダラダラしゃべったり、日中ビデオ借りてきて観たり、そういう怠惰きわまりない生活をしていた。それこそ日本でも、そこまではできないよっていう堕落生活をして、色々感じたことがあって。

結局、ボーッとしていても入ってくる情報がある。テレビから流れてくる情報が日本とは違うなと感じた。やっぱりイギリスにいたらワールドニュースがもっと身近で、どこかの知らない国で起こっていることではない。イギリスの立ち位置的にも、何かしら関係があるからだと思うのだけど。

あと、5人のブラジル人と一緒に生活していた中で感じたことは大きかった。ブラジルって日本人コミュニティがしっかりあるから、すごく日本人に対して身近に感じてくれている。同居人の中にも1人、おばあちゃんが日本人っていう子がいた。一緒にしゃべっていても、私が英語もできないのにゆっくり待ってくれる。イギリス人はワーって早口で喋るし、発音も聞き取れないし、会話をしていてもあまり繋がっていく感じが無かったのだけど、ブラジル人とは、お互いを一つ一つ理解しようと努力する関係になることができた。

私にはそれ以前から、ブラジル人の友人がいたから、親しみをもって色々と話していたのだけど、でも、やっぱり全然違うんだよね。地球の上でも国が正反対に位置してる。同世代のブラジル人は、いま自分は何をすべきかということを、かなり明確に持っている。自分のルーツを大切にしていて、自分のおばあちゃんが何カ月もかけて船でブラジルに開拓者として来て、どれだけ苦労してきたか、どれだけ家族を大切にしているかっていうことを、みんなちゃんと語れる。

ブラジルという国は日本人だけじゃなくて、イタリアとか色々な国の人を受け入れていて、その中でコミュニティができていくのだけど、色々な国の色々な文化も尊重していくところがある。でも、国としては貧富の差がものすごく激しい。貧しい家庭に生まれた人が成り上がるには、サッカー選手になるくらいしか無いと聞いた。

平本 ブラジルはサッカー大国だし、サッカー選手は国の英雄だもんね。

束芋 そう。日本だと勉強をしたり、自分なりにやっていける可能性が色々とあるでしょ。それで、その貧富の差の理由を聞いたら、相続税が無い、ということが大きいみたい。それが全てではないと思うけど、ブラジルに来て、土地を得た人たちがその後、相続税無しに子供、孫に引き継いでいく。

平本 なるほど、税金がかからなかったら手放さないしね。

束芋 そう。だから持っている人がずっと代々持っていられる。でも、中流階級以上は本当にわずかで、裕福な家庭の子供たちだけが海外に行って勉強をしたりできて、私がロンドンで一緒に生活した子たちもそういうブラジル人だったの。そういう人たちは“友達の友達”くらいでみんな繋がっていて、意識としては自分たち以外のブラジル人が苦しい思いをしているのも知っていて、自分たちが変えなくちゃいけないという意識がすごい。でも、熱くて、なんか空回りしそうな雰囲気があるんだよね。

日本の自分たちの世代って、随分冷静で、自分たちのできることならやる、できないことなら足を突っ込まないくらいの感じがあるでしょ。

平本 わかる。大々的な変革の意識ってそれほど無くて、もう少し冷淡な態度だよね。なんというか、自分たちではどうにもならないと思っているし、する気もないような。

束芋 そうそう。それが別にいいっと思ってるわけではないけど、イギリスで一緒に生活して、普通の生活の中ではわかり合っていると感じている関係でも、政治の話や国の話になると、全く違うと感じる。もし私がブラジルに行って生活をし始めたら、もしかしたらその辺が理解できるようになるのかもしれないけど、それはイギリスにいる時点では理解できないことだとあきらめたの。

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