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東京を巡る対談 月一更新

林かんな(映像翻訳者・世界ワーカー)×平本正宏 対談 ホドロフスキーに魅せられて飛び込んだ映画の世界

IMG_0020(写真は以前かんなさんが下着を盗まれたコインランドリー)

〈翻訳家デビューのきっかけは、日本漫画の翻訳募集広告〉

平本 かんなさんは、そもそも翻訳という仕事をしようと決めたのはいつ頃なのでしょうか?

 考えてみたら大学のときのゼミが翻訳のゼミだったんです。でもその他のゼミは商業スペイン語とかまったく興味が持てない分野ばかりで、唯一翻訳のゼミだけが文学を扱うから興味を持てたので選んだという消極的な理由です。そのときに「エル・スール」という映画にもなった作品を訳しました。

平本 それはゼミの授業の一貫として?

 そうです。でも、私には将来翻訳をやるという気持ちは全くなく、大学卒業したら映画の配給会社に就職しようと思っていたんです。学生当時は京都で過ごすことが多かったのですが、京都駅前にあったルネサンスホールや京都みなみ会館で映画の自主上映をやっている団体にボランティアとして参加していました。あと普通に映画館でもバイトをして、映画に関わった日々過ごしていました。

ただ、いざ就職活動をしようとしたら、配給会社にもう採用終わっていますと言われしまい…。それでスペインに行ったんです。スペインでは語学学校に通っていたんですが、ある日学校の掲示板に「日本の漫画を翻訳してくれる人募集」という紙が貼られていたんです。直感で「これは私の仕事だ! 」と思いました。それで、その募集の紙の下に、興味ある方はここに電話くださいという切れ込み入っていまして。そういうの付いているチラシとかありますよね?

平本 あ、わかります、ライブハウスとか楽器店に貼られているバンドメンバー募集のチラシみたいな感じですよね。チラシの下に連絡先の書かれた小さな紙切れがいっぱい付いていて、興味ある人はそれ1枚をちぎって持って行く。

 そう! で、私、そのとき、他に人にこの仕事取られたくなかったので、その募集しているチラシごと持って帰ってきたんです、紙切れ全部(笑)

平本 えー! 連絡先の紙切れ1枚だけでなく、全部丸ごと! なかなかパンチあることしてますね、かんなさん(笑)募集した人は、かんなさん以外からは連絡が来ないじゃないですか。

 そうです(笑)この漫画翻訳の仕事というのは、蓋を開けてみたら士郎正宗の『ドミニオン』っていう漫画の下訳でした。このシリーズは英語版からスペイン語へ訳して出していたらしいんです。でも何話分かは英語版がなくて、それで日本語版から訳したんですよ。今またスペイン語の漫画の翻訳をやりたいなあと思っています。

そのときは出版社から依頼されたのではなくて、現地の翻訳者から直接依頼されて、アシスタントみたいな形で参加しました。多分アシスタントのギャラは依頼してきた人が自腹を切ったんじゃないかと思います。ちなみに私がチラシから連絡したその人というのが、また絵に描いたようなオタクで(笑)

平本 スペインのオタク? どんな感じなんですか?

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 多分今でこそオタクというのは全世界共通になってきていると思うんですが、は92年から94年の間くらいだから、まだ“Otaku”という言葉も世界に知られていない時期ですよね。なのに学校のカフェテリアで待ち合わせたら鉄腕アトムのTシャツにおじさんが履いているようなスラックスパンツ、それに当時のオタクの人がみんな持ってたショルダーバッグをさげて来たんですよ。私すっごいびっくりして。オタクってなんで同じ格好になっちゃうの?! なに、この国を超えたシンクロ二ティ! って思いました(笑)

平本 いやーそこまで聞かされると、その人に会ってみたいです。もしかしたら、スペインで最初の”Otaku”かもしれませんよね。

やはり、彼はアニメや漫画については詳しい?

 詳しかったですね。そのあと日本の漫画の歴史というかガイドブックみたいなものを彼が出したんですけど、本人からサイン入りの著書が送られてきました。

平本 そんな活動までされているんですか、その人、すごいですね。そのとき、訳したものは出版されたんですか?

 出ましたね。アルフォンソ・モリネとカンナ・ハヤシの名前が翻訳者として載ってました。それが実質翻訳者としてのデビューになります。

平本 つまり、かなり早い時期に翻訳者のデビューをされたのですね。

 でもスペインでは写真とかやり始めちゃったものだから、そのときは写真を仕事にできないかなと思って帰国したんです。なんでそんな風に思っちゃったのかな、私(笑)どう考えても0から1にするタイプじゃないのに。

日本に戻ったあとは、結局映画の仕事がしたくなって、派遣社員をしながら翻訳の学校に通いました。私は写真じゃないんだなと、思って。なんとなく字幕翻訳のことが、頭の中にずっとあったのかもしれないですね。

平本 そうでしたか。写真をお仕事にしたことはどれくらいありましたか?

 一度もないです。ただ直近で働いていた会社では、毎月社内誌が配られるんですが、表紙の写真は社員からの公募です。その応募写真の中から、3位、2位、最優秀賞には景品が贈られます。最優秀賞は商品券かディズニーランドのペアチケット。それまでディズニーランドもディズニーシーにも行ったことがなくて。というのも、まったく興味がないからなんですが、景品でもらったから仕方がないっていう体で行くのも面白いかと思って、最優秀賞を目指したんです。

で、最後の年に最優秀賞をとりました。それで、「ディズニーランドのチケットか商品券、どちらにしますか」と総務に聞かれて、一瞬だけ悩みましたが、結局、商品券をもらいました。やっぱり興味なかった(笑)

平本 あれま(笑)

 最終的にディズニーよりお金がいいな、みたいな。だから、人生でまだディズニーには行ったことがないです(笑)

平本 はははは。じゃあいつかディズニーの翻訳をやってください(笑)でもまあ、本当に欲しいものが一番ですしね。

 そういう意味では写真でちょっとしたお金を手にしたことはあると言えるかもしれないですね。

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