〈翻訳家に必要な語学以外のスキルとは?〉
平本 翻訳は講座を受けていたんですか?
林 はい。実家にいるときはまずは通信教育で。ただ、これで勉強をしていても仕事には結びつかないから、東京に行くしかないのかなと思って東京に来たのが、28歳の頃でした。
平本 そこで東京に来て東中野に住み始めたのですね。
東京に来たときは翻訳者としてのお仕事はもうされていたんですか?
林 まだ全然ですね。東京に来て学校に通いました。実際翻訳の仕事をしようと思ったら先生のコネは必要だなと思って。
平本 実力としてはもういけるなという感じでしたか?
林 それは思ってなかったです。
平本 ちなみに翻訳のためにはどういう勉強をして、どういう能力をもっていないといけないのですか? ただスペイン語ができるだけではダメということですよね。
林 字幕の翻訳には字数制限がありますからスポッティングリスト(セリフのはじまりと終わり、セリフの長さが細かく記されたリスト)をもとに字数の中で訳を考えなくてはいけません。早口のセリフの場合全部の意味は入れられないので、全体の流れの中で重要な情報を取捨選択することも必要です。何を捨てるかの判断はかなり重要になりますね。
仕事を始めた頃はスポッティングリストをデータでもらえなかったので、ファックスや宅配便で送られてきたリストをもとに文字数を計算するか、ビデオを見ながらストップウォッチでセリフのタイムを計って計算して翻訳しなくてはいけませんでした。いまはセリフの始まりと終わりを指定すると、そのセリフが何秒、何フレームあるかを計算して、何文字使用可能かということを教えてくれるソフトがあるので、楽になりました。
平本 それは翻訳者用のソフトですか?
林 そうです。昔はそのような翻訳用のソフトがなかったので、手作業でやってました。今はどの翻訳者も同じようなソフトを使うので、多分専門の学校に行かないとソフトの使い方を含め、やり方を習得するのは難しいと思います。独学だと難しいですね。
そのソフトも高価なので仕事がないうちから簡単には買えないですね。最初は使える時間制限のある安いバージョンを使ったり、制作会社にあるものを使わせてもらったりしながら翻訳をする人もいます。
平本 じゃあ今は専門学校に通わずに翻訳者にはなれないのですね。
林 今は難しいと思います。ただ、昔翻訳を始めた人たちは映画の配給会社や字幕制作会社にいて現場で学んだ人もけっこういます。今は昔と違って、このソフトを使わないと仕事にならないかな。
平本 かんなさんが東京に出てきて翻訳の学校に通い始めた頃は、まだそのソフトはなかったですか?
林 まだなかったです。通ってから2、3年後くらいにそういうソフトができたというニュースを知りました。だけどその翻訳用のソフトはそんなに普及はしていませんでした。翻訳をするときは、まずハコを切るのですが…
平本 ハコというのは?
林 セリフの頭から終わりまでを区切ったものをハコというんです。ハコガキっていって、渡された台本のセリフの切れ目ごとにスラッシュを入れて、セリフ番号を順番に書き込み、それを制作会社にFAXしていました。制作会社では送られたハコガキ台本をもとに秒数とコマ数を計り、セリフごとにリストアップされたスポッティングリストから私が文字数を計算してセリフを入れるという流れでやっていたんです。
その制作会社がやっていたタイミングを計る作業ですが、今は翻訳用のソフトでできるので、それも翻訳者の仕事になっています。タイミングをとる技術も込みで今はしなくてはならなくなったので、仕事の量としては昔と比べ増えてきました。
ただハコを直す作業は昔より今の方がやり易くなっています。
後でハコを直すというのは区切る箇所を変えることです。例えば、先にオチまで字幕で全部見えてしまうと面白くないじゃないですか。だからオチの手前で一回区切ってハコを変えて、オチで笑うタイミングを原語に合わせたりとか、そういう工夫はしています。
昔は仮ミックスが上がってくるまでその雰囲気はわからなかったんですけど、今はもう作業中から字幕がのった状態で見られるので、感じをつかむことができます。
平本 ああ、なるほど、確かに字幕ってそうなっていますよね。気持ちよく映画を見れるような字幕運びは確かに見ながら感じます。
大体、1本の映画に対して、どのくらい作業を割くんですか?
林 それは制作会社次第です。今やっているドラマは40分くらいの尺のものですが、大体1本に対して10日くらい割り当てられます。でも、それは結構余裕がある方です。作品によっては1週間くらいのものもあります。
平本 ちなみに「エンドレス・ポエトリー」の翻訳作業はどのくらいかかりましたか?
林 これは結構をもらえました。アップリンクでシミュレーションもしましたし、担当者さんと何度もしっかりやり取りをしました。
平本 作業的にはにゆとりがある方がいいものに仕上げやすいですか?
林 基本的にはそうなんですが、時間があればあるほどいいというわけでもないです。性格的にたっぷりがあるなと思ったら最初の方は何もやらないので(笑)
平本 それはわかります、僕も全く同じです(笑)
林 ギリギリにならないと本気出ないですねぇ。私はもともと映画の人ですけど、同業者の多くは語学の人たちです。もともとの帰国子女の人を除くと、語学をやる人は日々勉強を積み重ねるタイプなので、語学から映像翻訳の道に進んだ人は仕事に取り掛かるときもコツコツやっていく人が多い。そして早めに仕事を終えてから遊んでる人が多いんです。
私は時間があると先に遊びに出かけちゃう(笑)。そういった語学から翻訳をしている人の話を聞くと、早めに終えられれば急な仕事にも対応できるというんです。おっしゃる通り! と思うんですけど、私にはできた試しがないですね(笑)
平本 そう言われてみると、確かにコツコツやってにも余裕があったら、急な別の仕事にもサッと対応できますよね。
林 昔夏休みの宿題がギリギリだった人は今もギリギリです(笑)
平本 あ、その理論はもう完全に、僕もそうです…(笑)